インターネット日記16 



10月の日記


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1999.10.26〜女子プロレス?〜


こういうネタは、初めてのような気がするが、女子プロレスを見るようになったきっかけは、やはり、デンジャラスィーン北斗晶のビデオを見たからだろう。

時はまさに対抗戦(交流戦)の時代で、それは、老舗の全日本女子プロレスを中心に、今まで交流のなかった団体が次々と一堂に介して、その団体の名誉とプライドを賭けて戦った時代であった。

北斗晶は、正直に言うと、後輩であるアジャ・コング、ダンプ松本、ブル中野の人気の影に隠れて、さほど目立たない時代でもあった。

般若の面に、木刀、派手な衣装。
髪は振り乱したようなカーリーへア−、痩せ型で身長に恵まれているいるわけではない彼女は、メイクを落とすと本当に
ふっくらとした顔立ちで、決して美人とは言えず、それゆえに、メイクわするようになったのかもしれなかった。

だけど、当時からプロレスセンスとマイクアピールに関しては天性の才能を持っていたように記憶している。
しかし、首の骨を折ると言う、選手生命にも関わるアクシデントの後、長い間、生彩を欠いていたのも事実である。

それが、対抗戦で、LLPW(女子プロレス団体)の神取忍に出会ったとたんに大ブレイクする。

当時、神取忍は柔道の実力を買われ、鳴り物入りでプロレス界に入り、解散したビューティー・ペアの片割れ、ジャッキ−佐藤とデビュー戦で互角の戦いをするという快挙を成し遂げていた。
だが、興業成績が振るわない新興女子プロレス団体であった「ジャパン・女子プロレス」は最初こそは、芸能プロダクションと組んで、秋元康司の総合プロデュースで人気を博したが、そのあまりにも芸能寄りの路線が災いして、客の入りが悪くなっていった。(後に経営難で崩壊し、JWPとLLPWに分裂、数々の有名選手を生むことになる。尾崎魔弓、ダイナマイト関西、キューティ鈴木、プラム麻里子、風間ルミ、デビル雅美などを輩出した)

そんな悪化していく内部事情の中で、スターゆえに取締役でもあり、高給取りであるジャッキ−佐藤は選手達に憎まれていくことになる。

そして、ついに、その選手達の声を代弁する形で、神取忍とジャッキ−佐藤のシングル対決が組まれることとなる。

神取忍は前代未聞の喧嘩マッチ(シュート、真剣)を仕掛け
て、関節技と今流行りのマウントパンチなどで完膚なきまでに叩きのめした。
試合後、ジャッキ−の顔は腫れ上がり、原形を止めていず、
身体の靱帯は伸び切っていたと言われる。
あまりの強さに、観客は息を飲み、途中からさすがに気づいていたためか会場は異様な雰囲気に包まれていたという。

この後、彼女は伝説の女子プロレス界最強の「男」と呼ばれるようになる。新たなる伝説の誕生である。
この頃、女のスポーツジャ−ナリストの手による、彼女のプロレスラーとしての、それまで人生をレポートした名著 「少女挌闘伝説」が出版されている。

さて、話を戻すと、自分の選手生命〜負けたら引退する〜を賭けて戦った、たった3回ほどのシングル戦であったが、あくまでプロレスラーとして戦おうとする北斗晶と格闘技路線〜恐怖の関節技を駆使する神取忍の戦いは、何故かとても噛み合い、女子プロレスブームを巻き起こすことになった。

神取忍の関節技は絶品で、脇固めが決まる度に、北斗晶はロープへとあわててエスケープしていた。本当に痛そうだし、一瞬で勝負が決まり、ギブアップする選手が続出したほどだった。
対する北斗晶には「ノーザンライトボム」(相手を脳天からマットに叩きつける危険な技であった。これを食らった選手は当分、マットから立ち上がれなかったと言う)と呼ばれる一撃必殺のフィニッシュ・ホールド(決め技)があった。

彼女達の勝負はいつも一瞬で決まってしまう怖れがあり、それが試合にスリリングさと緊張感を生み出していた。

過激な真剣勝負、血だらけになって、最後はナックルパンチの打ち合いでふらふらになって力尽きて勝負が決まるという試合は、たとえ、演出、芝居であっても僕の心を揺さぶるのに十分な力を持っていた。

そういう女子プロレス全盛の時代へのオマージュとして書かれた小説が、僕の書いている『少女挌闘伝説』である。

そういわれれば、主人公、神沢勇はプロレス馬鹿だし、ライバルの秋月玲奈は「秋月流」という関節技主体の古武道を使う。
そのままやんけ、と思っているのはおそらく君だけではありません。



1999.10.23〜評価サイト/ハイパーリンク〜


この週末は何か奇妙な感じがする。
普通は落ち込むはずのヒット数が、50%ぐらい増えているからだ。
だいたい、木、金曜日は週末で疲れも出てくる頃なので、ヒット数は少し落ち込む傾向のはず。
月曜の朝あたりが一番多いんだけどね。僕のサイトの場合。

そうなると考えられるのはともすけさんとこかあしゅらかんぱにーさんの影響が考えられる。
このふたつのサイトは僕のリンク先ではヒット数が多いとこだし、しかも、内容的にインパクトあるサイトだし。
実は、むらちゃんとこの影響も考えられるが、調査によると違うのだ。意外であるが。


かつてアクセス解析つけていた時には、「あしゅらカンパニー」さんのリンクを辿ってきてくれた人が、かなり多かったし、今でもヒット数が安定しているのは、かなり、ここのお陰だろう。
それと、ロムの常連と書き込みしてくれるメンバーのお陰でもあるのは云うまでもないが、云っておこう。感謝。

広告無しのアクセス解析と云うのは滅多にないだろうし、まさかHPエデッタの不可視機能使って、解析カウンターを見えなくする事も出来るのだろうけど、ソース表示にすればすぐにばれるのでやめておこう。
もう、アクセス不能はこりごりですね。

もうひとつ考えられる理由としてはRead Me!への登録、JOYへの登録も考えられるが僕には解らないのが残念だ。

さて、Read Me!の評価サイト「 ホスキンズルゥム」に、ついに僕のサイトの評価が載ってしまった。

「 SKY NOVEL STATION」
ファンタジーと格闘少女小説の連載をやる場だったようですが、小説のほうは1999年8月でお休みのようです(1999年10月現在)。小説は小説の文章ではありませんが、(「・・・ぐっ、ぐはぁ!」はやめましょう)、日記はそれなりに読めます。

「インターネット日記」    
これは「SKY NOVEL STATION」のかたが別メルアドで登録した別サイトですね。こちらは直で日記がウリのようです。


こんな感じです(爆)
評価サイトは、後、ふたつあるのですが、「Read Me!評価ページ」は現在、活動休止中ですね。
もうひとつの評価サイト「おできチャンネル」にもこんな評価が載ってました。

「SKY NOVEL STATION 」
インターネット日記とか小説とかの読み物サイトです。意外と頭が堅そうに思いましたが、そうでもなさそうだなと思ったのはインターネット日記をよんだせいかもしれません。右翼がインターネットしているでしょうか?

こんな感じです(笑)

Read Me!に新規登録すれば、誰でも評価してくれるのだが、とほほな内容ですな。しかし。
否定はできんし、その通りだしね。

それと 評価は、時々、飛ばされる事もあります。別に悪気はないようなので掲示板にでも要望書くといいですね。

あなたも、批評の洗礼を受けませんか?

「ともすけさん」とことか「 アルト=サード」さんとこもこっそりというか、ちゃんと評価されてました。
基準的には、その人の独断で評価しているので、激しく落ち込んだりしないで下さい。

本当の所、 気にしないくていいはずだけど、気になりますねぇ。
その時は、掲示板が用意されてますので書き込みましょう。
怖くてできない?
そんなあなたは、 まだ、まだ、修行が足りません。
ぜひ、一度やってみることを薦めます。 面白いし、普段、見えないところが見えてくるかも知れません。

えっと「ハイパ−リンク」というのは、こういうふうにテキストにリンクを張ることらしくて「ハイパーテキスト」ともいいます。確か。
インターネットは時空を超えてリンクを結ぶ事ができる、そんな特性を表す言葉です。
また。




1999.10.21〜インターネットと量子コンピューター〜


今日から始まった「恋愛詐欺師」というドラマが面白そうなので、今、見ている所です。
もう、コンセプトとしてだけでもすでに、僕的にはヒット作です。
見る前から解ります。
おそらく来週あたりにはかなり話題になり、将来、映画化するかもしれません。 結末も解っているドラマですが、その過程が面白いと云うタイプのものです。古畑任三郎タイプですかね。
「癒し系」のドラマなので必見です。
あの、このドラマ、エンディングのスタッフロールでニュースの練習している女性アナウンサーの声が入りました(爆)
マイクを、切り忘れた様ですね。


さて、昨日、あんな訳の解らない日記書いていたら、今日、読んだ「週間アスキー」に偶然、量子コンピューターの記事が載っていた。

そもそも量子力学とは、光や電子が、粒子と波の性質を合わせ持つというか、要するに、粒子であって波でもあり、どちらとも「決定できない」ものであるという発見によって出来上がった学問である。
つまり、どちらとも決定できないので、そのままどちらでもあるということを認めてしまった訳です。
妥協案というか、開き直ったのね。
結局、解らないことは解らないとして、解っていることだけを述べることにしたのだろう。


良く解らない人は、こんな例えはどうだろうか?

ここにデジコがいたとしよう。
(↑リンクを辿ったら、帰ってきてね。そのまま戻ってきてくれない人が多くてねぇ)
彼女は白いパンツ(10歳だからパンティじゃない)と黒いパンツを10枚ずつ持っていたとします。
ある日、どちらのパンツを履いているかは、確率的には50% ですが、その日はたまたま、黒と白のパンツを同時に、僕が目撃したとしましょう。

そうなると、彼女が本当はどちらのパンツを履いていたのか気になるところですが、デジコは白いパンツの上に黒のブルマーを履いていたという衝撃の事実が判明したようなものです。(黒のパンツとは、ブルマだったのです)

えっ、さらに解り難くなった?
多少、強引ですが、気にしないで次、行っちゃいましょう。

その量子力学の原理を利用して、通常、「1」と「0」の場合別けで情報を処理するコンピューターの方式ではなくて、「1」と「0」の場合別け分岐をそのまま保持しながら処理を並行して行う事によって、「ペンティナム3の実に十億倍を超える」超高速なスピードを実現可能と云われている。

将棋の指し手を並行して全て読めば、処理は驚く程高速(一瞬)で終わるだろうし、それを人間ひとりが順番に読んでいくのでは、 一生かかっても終わらない。
後者の人間の方が従来のコンピュータの原理で、前者のものが量子コンピューターのものだと考えれば少しはイメージが湧いてくるだろうか。

その量子コンピューターの素材として液体を使うとか、桁数の多い素因数分解の計算を、通常なら、数億年かかる所を数10分で解いてしまうとか、そのために今ある暗号化技術は「計算の時間が膨大になることを前提に」つくられているために無効になってしまうという。
電子回路の原理としては「位相転位ゲート」と呼ばれるものや「NOTcontrolゲート」とかいうものを使うとか。
さらに、空間転位(テレポーテーション)とか量子通信とかに応用できると云う、途中から何の事だか解らなくなるような夢のコンピュータだということは解って貰えただろうか。

最近、NECがこの量子コンピュータにおいて「世界で初めて個体電子ディバイスによる量子コンピュータの回路開発に成功した」そうで、米国の権威ある科学雑誌「Nature」の表紙を飾った。

ま、訳は解らなくても、これに似たものを僕は思いついた。
そう、この「インターネットの世界」そのものが量子コンビュータに似ているのだ。
個人の好きなように研究を発表したり、サイトを作るという営みが、事象の色々な可能性を同時に並列計算しているようなものであり、この世界で検索をかければ、その結果が一瞬で表示される 。

つまり、人間ひとりひとりを、あたかもコンピュータのチップのひとつとして成り立っているのがこの「インターネットの世界」なのだ。

この他に、DNAコンピュータというのも構想されていて「この世の事象は最終的に4種類の塩基配列の振る舞いによって説明できる」という原理を利用したもので、理論としては分りやすいし、確かにそういう風に分解はできるだろうなと思わせる。

量子コンピュ−タ開発の「モデル」としては、人間の脳のシステムが最適というか、そういう計算方法が脳で行われているのではないかと考えられている。
人の状況判断の方法など、その最たる例ではなかろうか。
このあたりの可能性についても、米国の麻酔医がサイトを立ち上げて論文を発表している。

これらの検索を僕は「infoseek」を使って実行したが、最も分りやすい解説は「ZDnet」というニュースサイトのPC関係の過去ログだったことをここに付け加えておく。

それにしても、昨日の日記に書いた事が、今日には解ってしまうという「偶然」は本当にたまたまなのだろうか?
人間の直感とか、無意識の力は量子コンピュータをすでに凌駕していると僕には思える。

あまりにも自分の能力を過信し過ぎているような発言だけど
人の無意識には、この世の全てを一瞬で検索できる「検索エンジン」が備わっているのではないかと信じたくもなる。
ただ、それを利用するのはなかなか難しいということではないだろうか。
色々な意味で、素直になれば簡単なような気もするが。



1999.10.20〜電脳世界と人の限界〜

ほとんど「死語」に近い題名だが、ま、いいとしよう。

「マトリックス」のように人を電脳世界に閉じ込めるのではなく「身体という限界からから解放する手段」として使ったとしたら、どうだろうか。
そんなことを以前、考えた事がある。

どうして僕がそんなことを思いついたかというと、結構、切実な問題だったりする。
僕は良く寝る、すぐに寝る、とにかく寝る、5秒で熟睡系の人間なので、小説書きたいけど集中力が持続しないとかいう時はよくあって、ふとんにねっころがって、ゴロゴロしてたら寝てしまう事が多い。
つまり、疲れやすい。

それと、日記とか書いていたりすると眠くなって、つい布団の上に………(5秒で熟睡中)………只今、午前4:00だったりする。
寝たのは昨日の午後9時ぐらいだと思う。 早すぎるよ。
こんなことだから、水曜ロードショーで、「2001年宇宙の旅」を何回見てもラストが解らず、ビデオを借りてしまう事になる。
本当に無駄だ。

このように肉体には限界があり、できれば「思考そのものをリアルタイムで、超高速で文字にできる機械」があったらいいなと思う。
そうすれば、今、この日記を書いている時に次々と思い浮かぶアイデアとか書きたいことを、すぐに文字にできるから更新ははかどるだろうし。

このあたりは、ねりさんが、かつて書こうとして、挫折した
小説のコンセプトに似ているかもしれない。
いまや、内容については僕とねりさんしか解らない話かと思うが。

肉体の限界を取り払うために、脳の処理速度を、もし、飛躍的に向上させる〜具体的には、脳の情報と人格そのものを、データとしてコンピューターとかの電脳世界に移植できるとしたら、思考速度をそのまま反映できることになるだろう。

僕の苛立ちというか、不自由だなと日頃、思っている事はそういうことなので、つまり、肉体というのは不自由で人間の能力を限定してしまうものだという当たり前の事だ。

健康とか身体を適度に鍛えることが大事だとつくづく思う。
でも、体質と云うものもあるし、人間の気分というものさえ
〜例えば、躁病、鬱病についても〜実は肉体に依存している度合いが高いのではないかと思う。
人の精神とは肉体に依存する「機種依存文字」のようなものではないか。

早く、思考だけでも解放できる機械というか、外付け増幅器みたいなものが出来ないだろうか。
バーチャル・リアリティの向こうにそんな未来があるように期待しているのは僕だけだろうか。


1999.10.19〜痛い話〜

Read Me!の評価サイトの管理人さん、細田さんと「……」の話には参ってしまった。
僕は今まで「・・・」を多用していたので、素直に「……」を使うようにしてみた。(補足ですが、印刷された文章で、「・・・」というのは皆無です。ま、心情的には「・・・」
は好きなので掲示板などで使う事もあるけどもう使えない体質になっているような気もします )

この歳になるまで、「全く知らなかった」ということはとても痛い。
常識がないことが思い知らされる日々。

でも、細田さんの膨大なテキストを読んでいるうちに「面白いサイトを探す」というコンセプトと、「Webで文章を発表しているならどんな批判も甘んじて受ける覚悟が必要」という彼の主張が見えてきた。
結構、熱血(誤解かもね)なのかもしれない。

しかし、僕もRead Me!ワースト100サイトとかいうサイト批評というか「アクセス数が低くても、面白いサイトがあるのではないか?」というかなり見込みのないサイトでも作ろうかと思っている。
管理人さんから呪詛のメールが来そうでで怖いが、それもまた、一興かもしれない。

しかし、今日は時間ないから日記は短かめというか、もうそろそろAM7:50ですわ。



1999.10.17〜サッカー日本対タイ戦レポート〜


今日は久しぶりに小説更新できそうだし、調子がいいので日記を先に書いておこうかと思う。

サッカーがはじまったので一時、中断だ。

************* しばらくお待ち下さい **********

日記でこんなことしても意味ないんだけど、サッカー日本対タイ、今のところ3-1で勝ってますが、FWの高原の馬鹿が
イエローカードをもらい(勝ってるのに相手のゴール前でファルもらったらするな、まったく馬鹿、信じられないようなプレイ)、DFの中田はトラップミスで1点入れられた。

これも足先で何気なく止めようとしたために、ボールがゴール前にこぼれてしまった。
そして、タイ選手が走り込んで来て、何なくゴール。
ちゃんと足を動かして身体で止めるべきだった。
まったく油断としかいいようがない。

それに比べ、前半は沈黙した日本チームは後半に投入された
天才FWの平瀬が2ゴール、1アシスト(高原が得点)で大活躍した。
全てのゴールに絡み、それゆえに焦ったFWの高原がイエローカードをもらってしまった。つまり、嫉妬と焦りだ。

前半、機能しなかったもうひとりのFW福田と高原。
そして、J2(つまり2軍)コンサドーレ札幌でJ1昇格のために戦っている、もうひとりの天才FW吉原(ワールドカップの岡ちゃんこと岡田監督率いるチーム。トルシエ監督は今回、吉原にこの昇格戦に集中させるために、わざと彼を呼ばなかった)と平瀬。
彼らの違いはゴール前で絶妙なポジションにいつもいて、ゴールを決めてしまうかどうかにある。
平瀬と吉原はとにかく結果を出してしまう。
その点では、一発のパスで局面を打開してしまう中田英寿と似ているかもしれない。

FW柳沢については、ポストプレイとキープによってスペースわつくり、他の人にドリブルとシュートチャンスを与えると云う彼にしか出来ない役割があり、早く「元気」になって帰ってきてほしい。
この「元気」というのは大事で、彼の持ち味はドリブルの突破力とスピードだったはずで何も考えずに突っ込んでほしいなと思う。

それと今回、シュート絡んでいたのが司令塔のMF中村で、タイの監督も彼をマークしろと盛んに云っていた。
左サイドのドリブラ−MF本山とのコンビネーションもよく、ドリブルから、自らシュートを放ったりした。
このふたりも今回は何回もいいパスを供給していた。
後はダブルボランチ(守備的MF)の遠藤と稲本も積極的な上がりで、ロングシュートを放ったりしている。
守備のフラット3と呼ばれるDF陣もミスはあったかもしれないが、良くやったと思う。

結局、試合展開的にはトルシェ監督の予想通り、タイは守りに徹していたので、日本は勝つか、引き分けかという試合だった。
日本の焦りが苦戦を導いてしまったが、日本チームの理想形が出来つつあり、今回は左サイドの後半、本山と交代した攻撃的MFの藤本のドリブル突破(少しハリキリすぎだったが)という収穫もあった。
遠藤のミドルシュート、稲本のクロスのセンタリングも大変光るプレイだった。

今回の試合を見て、均衡した局面を打開する選手とは何かということを考えてみた。
所詮は理屈じゃ割り切れないが、瞬間的に自分で情報を処理して的確にプレイできる選手ではないかと思った。

日本には足が早くて、運動能力の高い選手はいるが、ちゃんと情報処理できるゲームメーカーは、MF中村、小野、中田しかいない。
彼らは パスの精度とテクニックも持っている。

FW平瀬、吉原も実はかなり視野も広く、いいパスを出す、ポジショ二ングの良さも実は展開を読む所から来ているのでこの点では合格だ。
平瀬の1アシストは自らDFを引き付けて、高原にパスしたものだった。もう少し切り返しのテクニック、パスを出す楽しみを覚えれば、ロベルト・バッチオのようになれる気もするが、まだ、ドリブルと動きが直線的すぎる。
この点、パスの精度はまだまだだけど、左MF本山のドリブルは切り返しもあって、左サイドからゴール前に上げるクロスパスもとてもいい。
いい選手はパスをもらう前に、局面、状況をよく見ていて、
ワンタッチで的確なパスを出すことができる。
情報の的確な処理により、状況判断が早いからだ。

ところで、僕は最近、あれもやりたいこれもやりたいとか云ってる割には、大して何もしてないということが多いが、情報化社会の中で情報を処理できなくなっているひとりかもしれないと思うことがある。
時々、大きな本屋さんに行ったりすると目眩がすることがある。途方に暮れるということかもしれない。
この大量の書籍から、どうやって自分の好きな本を見つけたらいいのか困ってしまうのだ。

情報化社会が進行するとそういう人間が増えてくる。
そんな中で精神病とかにかかってしまわないための僕の無意識の自衛策は、ユング方式である。

何となく必要な本には出会うことができる。
これは常日頃から問題意識をもっていれば、「無意識が勝手に自動巡回リサーチしてくれて、いつのまにかその本を引き寄せてしまうだろう」というオカルト的な方法で、膨大な情報を受け流しながら、自分の無意識に反応するものだけを拾っていくという方法だ。
ま、自分の関心のあるものだけを取り入れて、一般的なニュースなどの知識を知ってればいい。
あと、その時代に流行しているものも、興味がなくても少しは知っていた方ががいい。
その時代の「気分」を表しているからだ。

ま、変な話をしてしまったが、情報を浴び過ぎて気が変にならないために、思い切って情報を捨てる事も必要じゃないかという思った。

 



 

 

                  1999.10.17




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