少女格闘伝説2

 






Extra Episode 1 〜邪悪な月〜




1



 冷たい月が姫子を見下ろしていた。
 窓の外はすっかり闇が支配していて、月の光が彼女の顔を照らし出していた。
 すでにそこには涙はなく、かすかに後が残っているだけだ。
 涙はすぐに枯れてしまった。

 ベッドに横たえられた体は、もうプロレスをできる身体ではなかった。
 当分は絶対安静と医師に堅く言われていた。
 右足と左手は完全に骨折していたし、肩の骨にいたっては完治は難しい粉砕骨折に限りなく近かった。

 枕元には楓がくれた花束が置かれていた。
 楓は見舞いに来たはいいが、泣いてばかりいた。
 姫子は仕方なく彼女を慰めるために、
「あなたのせいじゃないわ。私が望んだことよ」
 などと言ったりした。
 本心ではあった。
 しかし、悔しくもあった。 
 とにかく、自分は負けたのだと、ようやく納得した。
「まったく、楓も馬鹿だけど、あなたも馬鹿ね」
 と神沢恭子は憎らしいことを言った。
 当たっているから、何も反論できなかった。
     
 そんなことを想い返しているうちに、いつの間にか、窓際に男が立っていた。 
 精悍なシルエットを月明かりが浮かび上がらせる。
 中肉中背で一見、普通の人間に見える。
 しかし、ひとめ見れば、異質な雰囲気感じ取ることができるだろう。
  眼光はあくまで鋭く、口元には嘲笑としか思えない笑いが浮かんでいる。
 決して容姿が劣るわけではない。
 秋月玲奈の父親だけあって、それなりに端正な顔つきではある。
 だけど、そのためにかえって冷たい印象を与えてもいた。
 そして、何よりも「邪悪」としか表現できない独特のオーラをまとった男でもあった。
「負けたようだな」
 低く端切れのいい声が響いた。
「見ての通り、無様なもんよ」
 姫子は敢えて強がってみせた。  
「確かに」
 小さく頷く。
「だが、お前の力不足だ。俺の教えた技の力を引き出せなかった」
「それは……」
 姫子は反論できなかった。
 それは真実だった。
 あの技〜死音〜をこの男が使えば、どれほどの威力を持つか
姫子が身をもって知っていたからだ。
「返す言葉もないか」
 冷たく言い放つ。
 男はそれだけ言うと、窓の外へと消えた。
 まるで重力というものを無視したような身のこなしだった。
 だが、地上7階の病室からどのようにして脱出するのか、そんな方法を姫子は知らない。
 ただ、彼が自殺するような人間でないことだけは確かだ。
 
 カーテンが風で揺れた。
 姫子はちょうど、右手が届くところにあるテーブルに何かが置かれているのに気づいた。
 それは一枚の紙であった。
 大きさはメモ帳ぐらいの小さなものである。
 菱形の紙に黒と白の月の紋章があしらわれていた。
 秋月流の紋章であった。
 裏をめくると、文字が書かれてあった。
「沖縄で待つ」
 姫子は声に出して読んでみた。
 何度も何度も繰り返し反芻してみる。
 しだいに意味がつかめてくる。
 姫子の頬に熱いものが伝った。
 冷たい月の光はいつまでも姫子を包んでいた。
 
   



   








   <第3話につづく>





                  1999.11.6












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