魔 導 天 使 1

    





第1話『天空の騎士』







1.青い翼の天使



 フェアリー・フェリスはうなされていた。
 毎晩、同じ夢を見る。

 黒い翼をもつ悪魔、魔天使デミウルゴスに躯をバラバラ
に引き裂かれて、生きながら喰われる夢だ。
 思い出しただけで悪寒が走る。
 今日も、そんな悪夢のおかげで真夜中に目が覚めてしま
った。
 とは言っても、あくまで、それはこの限定された空間だ
けで通用する時間であった。外の世界では時間はあっても
無いようなものである。
 外は漆黒の宇宙空間。
 彼女は身体中に寝汗をかいて、シーツまでびっしょりに
なっている。
 短く切りそろえた銀色の髪が汗で乱れ、グレーに変色し
ている。
 瞳の色はやはり白銀色で、神秘的な雰囲気を醸し出して
いた。

 しばらくして。
 彼女はようやくベットにから起き上がると、両手で身体
を抱えながらふと備え付けの鏡を覗き込んだ。
 鏡の奥に自分の姿を見つけてもそれが自分であるという
実感はなかった。
 むしろ、どうしようもない違和感を感じる。
 理由は明らかだった。
 背中から生えている一対の<翼>のせいである。
 それは、まるで晴れた空のように、抜けるように鮮やか
な青色をしていた。
 なぜ、人であったはずの自分が天使に転生したのか。
 フェアリーには全くわからなかった。
 ただ、記憶の糸を辿ることはできる。
 フェアリーの意識は追憶の中に沈んでいった。



 彼女が天界に転生したのは、今から2トゥン〜天界暦で
は約2年に当たる〜ほど前になる。
 彼女は銀河系の辺境である、太陽系第四惑星、火星で生
を受けた。
 そこでは、大国同士の間で激しい戦いが巻き起こり、彼
女は戦場で命を落としたはずだった。

 それが、いつの間にか天界に転生して、その指揮官とし
ての才能を見い出されて、今では天軍最強の傭兵部隊『ア
ポクリュフォン』に所属して、二万人もの部下を指揮して
いる。
  異常なのは、その部下がかつて彼女の指揮していた軍の
戦死した者ばかりであることだ。
 つまり、彼女は、約二万の将兵と共に天界に転位したこ
とになるのだ。

 何者かの巨大な力を感じたのは、フェアリーだけではな
かった。
 天界では熾天使(セラフィム)クラスの首脳陣が緊急召
集されはしたが、この異常事態の結論は出ないまま彼女た
ちを受け入れることになった。
 異世界から来たとは言え、翼を持っていたし、天界の伝
説によれば、青い翼を持つ天使は幸運をもたらすという言
い伝えもあったからだ。
 今では、フェアリー達は天軍でもレベルの高い戦闘集団
として一目置かれている。

  異世界の戦士、ルナの戦乙女、通称『白い魔女』といえ
ば、天界では、子供の天使達への脅し言葉として「云うこ
とをきかないと白い魔女を呼ぶよ」などと云われて大変、
有名であった。
 当人たちはとても不名誉に思っていたが、それは信頼の
裏返しでもあった。天軍でも最強を誇る最新鋭の機動突撃
艦『シルバーソード』の配備がそのことを裏付けていた。

 フェアリーはそこでさっきの悪夢の原因になった出来事
について思い出さなくてはならなかった。
 できれば、二度と考えたくない事件であったが、やっと
の想いで記憶をたぐり寄せた。


 銀河系の中央に君臨していた天界は、最も古い天使、天
界の宰相メタトロンの裏切りと云う、まったく予想だにし
なかった奇襲により、あっけなく崩壊した。
 傭兵部隊『アポクリュフォン』でフェアリーの能力を高
く評価してくれた総司令官ヴェルエルの声が今でもフェア
リーの耳に焼き付いている。

 多次元宇宙へのワープルートがある天界第二天"エデン"
は、魔天使デミウルゴスによって完全に制圧されていた。

 かつての第1次天使大戦においても、この天界の最重要
拠点を占領されたことが、天軍苦戦の原因になったことは
年老いた天使なら誰もが知っていることであった。
 ここに存在するワープルートを使えば、天界全域どこに
でも部隊を送り込むこができるし、その中央に位置する惑
星"エデン"は難攻不落の惑星要塞で、実質上、陥落させる
には多大な犠牲を強いられるのは間違いなかった。

 そして、予想通り、惑星要塞"エデン"の周辺空域は天使
達の阿鼻叫喚の悲鳴が絶えまなくひびく修羅場と化してい
た。
 惑星要塞"エデン"に配備されている戦術空間転移装置は
一度に数万単位の部隊を望む空間に出現させることが可能
だ。

 魔天使デミウルゴスの艦隊は、突如、闇から溶け出すよう
に出現し、天軍の艦隊の死角を突きながら優勢な戦いを繰り
広げていた。
 船体が二つに割れ、次々と誘爆に巻き込まれる天軍の戦艦。
 どこから現れるかわからぬ敵の恐怖と戦いながら、それで
も天使達の軍団はよく戦っていた。
 しかし、劣勢は明らかだった。
 一方的な蹂躙、それはもはや、戦闘ではなかったかもしれ
ぬ。
 さながら、地獄の蓋が口を開けたように、天軍の戦艦はま
ともに戦わないうちに次々と沈んでいった。
 すでに、天軍の宇宙機動艦隊は壊滅しかけていた。
 
「フェアリー、できるだけ多くの残存兵力を率いて退却して
くれ」
 総司令官ヴェルエルの言葉が全天スクリーン越しにフェア
リーの耳に届いた。
 機動突撃艦「シルバーソード」の艦橋は、球状の空間に
「フローティングシート」と呼ばれる浮遊するオぺレーティ
ングのための操作カプセルが幾つも浮かんでいた。
 そして、その球の外壁には宇宙空間を映す全天モニターの
映像が光学処理されて投影されていた。

 天界最強を誇る傭兵部隊『アポクリュフォン』の旗艦エル
メイダスの艦橋からの暗号通信によるその映像は、戦場の妨
害宇宙線のためか、ときおり波打ち、少し歪んでいた。
 黒髪に青い瞳を持つ、無骨な"おやじ"と呼ばれた司令官は
いつになく真剣な表情で彼女を見つめていた。
「死に急ぐばかりが、戦いではないと思います」
 控え目だが、一歩も引かぬ、凛と張りつめたような声でフ
ェアリーは答えた。
 だが、『アポクリュフォン』の中で、まともに機能してい
る艦は、フェアリーの機動突撃艦「シルバーソード」のみと
いうのも事実であった。
 他の艦はほとんど、どこかを破損しており、旗艦として機
能させることは無理だろうと思われた。
 
 フェアリーには彼が何をしようとしているのか、言い当て
ることが出来た。
 自分が囮となり、残存部隊を逃がすつもりなのだ。
 そんな作戦を、彼の参謀のひとりでもあるフェアリーは許
すことはできなかった。
 でも、自分の上官の性格からして、考えを変えるとも思え
ない。
 一度決めたら、最後までやりぬく男である。

「生き延びてくれ。お前がいれば『アポクリュフォン』は再
建できる。頼んだぞ。」
 ヴェルエルの澄みきった青い瞳には苦渋と、フェアリーへ
の信頼の光が満ちていた。
 それを見てとって、彼女は覚悟を決めた。
「了解しました」
 フェアリーは、上官に向かい、そっと敬礼した。
 艦橋にいる天使達もまた、静かにそれに倣った。
 もはや、ふたたび生きて会うことはない今生の別れである
のは、誰もが解っていた。
 通信機から誰かが啜り泣く声が聞こえた。

 フェアリーは溢れそうになる涙をこらえ、最後の言葉をヴ
ェルエルにかけた。
「御無事で」
「お前も、達者でな」
 短い言葉の中に、想いが込められていた。
 普段、寡黙なヴェルエルがいつになく饒舌な言葉を吐いた。
「もう少し、お前の戦いを見ていたかったな。もしかすると
お前を天軍に加えたことがこの戦いの帰趨を決めるかもしれ
んと俺は秘かに思っている。だから、お前は生きろ。最後ま
であきらめるな。そういえば、お前の探していた昔の上官に
会えることを祈っているよ 」
 ヴェルエルは満足げな笑みをたたえていた。
 スクリーンの映像が途切れた。
    
「全艦、最大戦速で、戦場を離脱する」
 フェアリーの号令が艦橋に響く。
 シルバーソードと残存する数艦は急速に戦場より撤退を開
始した。
 白銀の船体に、8枚の翼が輝く美しい戦闘艦である。
 宇宙を駆ける白銀の剣とは、何ともふさわしい艦名であっ
た。
 加速の瞬間、一瞬のみ、光子エンジンから噴射された銀色
に輝く粒子がたなびき、航路に光の軌跡を描く。
  次の瞬間には、それは拡散して宇宙に溶け込んでいた。

 一方、旗艦エルメイダスは、同じく古くから仕える腹心の
わずかな艦艇のみを率いて、逆に最前線へと向かっていく。

 いくら説得しても、どうしても、後を追うという艦はいて
ヴェルエルはその選択を尊重して、死出の旅に伴った。
 まるで、ピクニックにでも行くかのように、古参の傭兵た
ちは御機嫌であった。
 傭兵たちにそこまでさせる人望は、天界広しといえども、
ヴェルエルのみであろう。
 流線形の漆黒の船体に美しい6枚の翼をもつ、旗艦エルメ
イダスの勇姿を、フェアリーたちは最後まで見守り続けた。
 しだいに霞む映像とともに、天使達の涙と悲しみが数を増
していく。

 約1天使時間(約1時間)後、全天レーダーの旗艦識別コ
ードが消滅。
 おそらく、凄まじい激戦であったろう。 
 オペレーターが震える声で告げた。
「旗艦エルメイダス、爆散しました」
 シルバーソードの艦橋は悲嘆の叫び声につつまれた。    

 その声を引き金にして、フェアリー中で、突然、記憶がフ
ラッシュバックした。
 彼女は危うく悲鳴を上げそうになった。
 火星で戦っていた折、彼女の敬愛する上官にして想い人で
もあった男のとぼけた顔が脳裏に映像として浮かんだ。
 やはり、漆黒の髪と瞳をもつ男は、この天界のどこが生き
ているのではないかとフェアリーは秘かに期待していた。
 それは馬鹿げた想像でしかないと思ってはいるが、彼がヴ
ェルエルと同様に最後に残した言葉と映像が、まざまざと甦
ってきた。
「フェアリー、後は頼んだぞ」
 鋼鉄の意志をもつと言われた戦闘指揮官、フェアリー・フ
ェリスはいつのまにか号泣していた。
 コーシ・ムーンサイト。
 彼は、どこかで生きているのだろうか。
 涙を拭いながら、何処かで生きていて欲しいとフェアリー
は思った。 
 









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