あれから、15年の月日が流れた。 地球を守るために秘密裏に行われた、「ヴァ−サス7」プロジェクトは1万人もの若いパイロットたちの命を失いながらも 、謎の侵略艦隊の迎撃に成功した。 パイロットたちと遺族の名誉のために、そのことを世間に公表した組織は、さまざまな非難と賞賛を浴びて議論された挙げ句に解体された。 ヴァ−サス7唯一の生き残りである雄介は、当然、英雄として迎えられ、若干28才で、火星の古代遺跡調査船の艦長に就任していた。 彼は、火星調査を終えて今、まさに地球の大気圏に突入しようとしていた。 雄介は宇宙空間に浮かぶ、水玉のように青く、丸い地球を眺めながら、あの日のことを思い出していた。 全天レーダーに映る直人の生存を示す、青い光点が敵の母艦とともに消滅した時、雄介は何も出来なかった。 すでに、直人が改変した航行プログラムにより、強制的に地球への帰還の軌道に乗っていたからだ。 彼に出来ることと云えば、雄介の両親にそのことを伝えることと、直人が会いたがっていた幼馴染みの藤森圭に彼の最後の姿を語って聞かせることくらいだった。 そんなことを思い出しながらも、3年ぶりの地球は相変わらず美しかった。 雄介は宇宙空間に浮かぶその星を見る度に、直人のことを考える。 あいつは今、どこにいるのだろうか。 元気にやっているのだろうか。 まだ、雄介には直人の死と云うものが信じられなかったのだ。どこかで生きているのではないかという、儚い希望を捨ててはいなかった。 そして、その想いはついにひとつの奇跡を生むことになった。 そのことを早く、圭に知らせてやりたかった。 雄介は、部下達に大気圏突入のための準備を指示してから、そっと瞳を閉じた。 2014年7月31日、12時15分。 お好み焼きのいい香りが雄介の鼻を刺激した。 目の前で圭が、オムそばを焼いている。 それは店の隅でマンガ本を読んでいる奇妙なアメリカ人の常連であるスティーブのものだった。 その金髪の若者は、圭の話では、今まで一度もお好み焼きを頼んだことはない。いつも『焼きそば』ばかりだという。 お好み焼きの店『圭』なのだから、一度ぐらい頼んでもいいと思うが、まったく変な外人だ。 「圭、実は今日は直人の話をしにきたんだが……」 圭は何故かためらう雄介の顔を見ながら、クスクスと笑った。白いエプロン姿がよく似合っている。 「まったく、いつものことじゃない。あなたは店に来るといつも直人の話ばかりじゃない。」 「そうだったかな……」 雄介は照れているようだ。 「実は、今日はこれを読んで欲しいんだけど」 雄介は懐から不思議な光沢を放つ金属板を取り出した。 「これって………まさか、火星でみつかった例の金属板じゃ」 圭の疑問に、雄介は静かに頷いた。 雄介が調査に赴いた、火星の古代遺跡から謎の金属板が発掘された。文字は絵文字が主でエジプト、マヤ文字に酷似しているために、その線で解読調査が続いている。 「でも、こんなもの持って来てもいいの?」 「いいんだ」 雄介は優しい視線で圭を見返している。 「……どうして?」 圭はモダン焼きをひっくり返した。 最初の雄介の言葉が引っ掛かった。 「これは日本語で書かれているんだ。それにこの手紙、俺達宛なんだよ」 「ちょっと待って。それってどういうこと?」 さすがの圭も驚いている。 「読めば解るよ」 雄介は意味深に云った。 圭は雄介のモダン焼きを皿に乗せてから、エプロンで 手をふいて、金属板に視線を落とした。 それはちょうど手帳ぐらいの大きさで短い文章が書かれていた。 ************************************** 雄介へ 僕は今、火星にいる。 どうやら、死にそこなったようだ。 最後の時に、クリスの声が聴こえたような気がして、僕はライフポッドで脱出した。 不時着した先が、火星だった。 驚くべきことにこの星には人類がいて、高度な文明を誇っている。 星の位置から推定すれば、ここは過去の火星の可能性が高い。今の地球から見た星座の位置と微妙にズレているので、おそらく、間違いないだろう。 だが、僕は孤独ではない。 隣には、クリスがいる。 嘘みたいな話だが事実だ。 この手紙がお前に届くことを祈りながら、これを書いている。 圭ちゃんにもよろしく。 直人&クリス ************************************** 圭は涙を浮かべている。 雄介は優しく微笑んでいた。 1999.8.22 アップ |