ヴァ−サス7

 





最終回『星に願いを』








1999年7月31日、0時15分。

「結局、最後に残ったのは、やっぱりお前か……」
  雄介はじっとりと濡れた両手を操縦桿から放して、一息つ
きながら、それでもへらず口をたたいた。
 何かしゃべっていなければ、プレッシャ−に押しつぶされ
そうになるからなのだが、強情なのはむしろ頼もしい。
「よりによって僕達ふたりが、地球の命運を賭けた決戦に残る
とは神様は何を考えているのやら……」
 直人もことさら平静を装っているが、さっきから両足の震え
が止まらない。

 ふたりは、一年前まで『ヴァ−サス7』と呼ばれる3D宇宙
戦闘ゲームをこよなく愛する16才のただの高校生であった。
それが、そのセンスをかわれて宇宙船星間通信制御システムで
もある『ヴァーサス7』のパイロットとして、謎の異星からの
侵略者を迎撃する運命を背負わされた。

 そこは太陽系の外縁部にある小天体の集まりエッジワ−ス・
カイパー・ベルトのただなかである。
 太陽系をちょうど取り囲むように散在する小惑星群は、ふた
りが搭乗している小型次元潜航艇スタンドウルフ級の戦闘艦に
とって絶好の隠れ場所であった。
 敵の侵略艦隊はかつては1万隻を越えていたが、異空間から
突如現われる次元潜航艇の地道なゲリラ作戦の前についに最後
の母艦のみとなっていた。
 だが、地球側のパイロットの損害も甚大であった。
 敵の妨害により、ヴァ−サスシステムが使用不能となり、直
接操縦による戦闘になったために、かつては一万人もいたパ
イロットたちは次々と宇宙に散っていった。
 クリス、バー二ィ、カオル、陽子、鋼太、京一郎………雄介
や直人と幾らも違わない若者達がたくさん命を落とした。
 友人も、恋人もいた。
 悪夢のような現実の中で、確かなのはふたりだけが生き残っ
たということと。
 戦いはまだ、終わっていないということだった。

「なあ、直人。今頃、地球ではノストラダムスの予言ははずれ
とか云ってるんだろうなぁ」
「まだ、一日あるのに、僕らが勝たなければ予言は成就するこ
とになるというのに……」
 ふたりとも、何かしゃべっていないと気が狂いそうだった。
 全方位ホログラフレーダーには敵母艦の位置が紅い光点で示
されている。今のスピードなら、太陽系の外縁までは一時間も
かからない距離である。
 最後に心に浮かぶのはやはり、地球のことと共通の幼馴染み
藤森圭のことだった。
「また、圭ちゃんのお好み焼きが食いたいな」
 雄介がふとつぶやく。
「ああ。山芋いっぱいでふわふわのやつがいい」
 直人も調子を合わす。何故か胸がズキリと痛んだ。
 実は、雄介は圭のことが好きだった。
 そのことは直人も薄々感じていた。
 直人の恋人だったクリスはこの前の戦いで戦死している。
 せめて雄介だけでも助けてやれないものか、直人はそんなこ
とを考えていた。
「広島風は嫌だな」
 しかし、直人は口ではまったく違うことを云った。
「野菜ばかりで具がないからな」
「そうそう、あんなん頼んだら食った気がしないよ」
「まったくだ」
  雄介の心に圭の泣き顔が浮かぶ。
 あれほど気丈に見えた圭だったが、行かないで、と最後は泣
き崩れた。
 そんな彼女に、必ず帰ってくるという言葉をかけてやれなか
ったのが、唯一の心残りだった。
「時間だ」
 直人は、物思いに沈んでいる雄介に最後の言葉をかけた。
 雄介は慌てて、スタンドウルフの操縦システムであるゴー
グルとヘルメットをつけた。
 雄介のヘッドマウントディスプレイに長髪でいつもクール
な直人の顔が映る。
 直人は不思議な笑みを浮かべていた。
 黒い瞳には悲しみと喜び、複雑な感情が見て取れた。
 そんな表情が見えたのも、一瞬のことだった。
 すぐにゴーグルによって直人の表情は見えなくなった。
「エンジン始動」
 通信傍受を防ぐための有線通信ケーブルを切り離すと、直人
の機体はゆっくりと空間に溶け込むように消えていった。
 次元潜航艇は特殊空間から任意の空間に転位できる能力をも
つ。
 直人が立てた必勝の作戦は、敵母艦内への転位、そして、自
爆である。スタンドウルフの推進機関である波動粒子エンジン
を反転させることにより小型のブラックホールを発生させる。
 最初から命を捨てている作戦である。
 雄介の機体も特殊空間に侵入する。
 ダークグリーンの異次元空間が雄介の目の前に広がる。
 少し前に直人の漆黒の機体も見える。
 突然、雄介のヘッドマウントディスプレイが、ブラックアウ
トした。
 最初、機器の故障かと思った。
「直人………」
 雄介は何か云いかけたが、ディスプレイに流れ出した文字を
見て、絶句した。

*****************************************
 雄介、勝手に航行プログラムを変えさせてもらった。
 お前の機体は、俺が自爆するまで動作しないようにプログラ
ミングしてある。
 死ぬのはひとりで充分だろう。
 俺が失敗したら、後は頼む。
 どちらにしても、クリスが待っているので。
 悪いな。
*****************************************



 圭は星空を見上げた。
今頃、直人と雄介は最後の戦いに臨んでいるはずだ。
圭にできることは、祈ることだけだった。
帰ってきたら、お好み焼きを焼いてあげよう。
瞳を閉じて、両手を合わせて願いをかける。
 三人、それぞれの想いを乗せて星が流れる。
 星に願いを。





   1999.8.7







@ 戻る



このページは GeoCitiesです 無料ホームページをどうぞ