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▼ 第25回投稿作品 ▼


『for_BIGEYE』

                                      
                                         ねり

僕達の探査船は移民計画初期に出発した、古い型遅れのものらしい。
時々は同じ目的をもった仲間の船と交信して、お互い成果があがらない事を確認 するのだが
(と云うが僕達はその仲間と実際会う事は無い。互いの探査区域が余りに離れ過 ぎている)
向こう側の日常の話を聞くと設備に違いがある様子が判るし、船の移動速度はこ ちらの1.17といった処か


通信係は重要だが地味な仕事だと云う印象があった。けど実際こうして全方位の 暗黒を漂う日々の中で
ベースや仲間の船と交信している時は、遠く彼方の友達と談話できる大切な時間 で、結構愉しんでやっている。
この時ちょくちょく報告中の僕の脇に現れるアシギと云う青年がいて、彼は親友 が向こうの船に居ると言ってきた。
そこで僕は時間を少しアシギにあげてやり席を離れるようになり、アシギは離れ た友達と仲良くやっているだろう。
それが続くようになってからは僕もアシギとよく話すようになる。友達が一人で きたのだ


とある宙域を過ぎて1週間が経った頃からだろうか、乗員の5人の男女が次々と 衰弱死していった。
原因は判明せず、医療措置や洗浄に滅菌を可能な限り施してもそれは止められな かった。それはまだ続いていた。
アシギの恋人、カナと云う女性も衰弱が始まってから2日が経っている。
友達の彼女だけど、なんとかしてやりたいけど、僕達は日々迫る死の実感に悲嘆 させられている。次は自分かもしれない


アシギは医療室では笑っていた。ベッドのカナがどんどん細くなっていくのに、 彼女が不自由な老人みたくなっていくのに微笑んでいる。
カナのバースディが明後日なのだそうだ。プレゼントは何がいいかと、折れてし まいそうな印象の手首を握り聞いている。
彼女は質問に答えないで、只に微笑んでいる。アシギが何か出来る事をしてやり たいのに、我侭の一つも言わないで睡眠した


アシギが僕の部屋に来て泣いた。堪え切れないのか、彼女の話を涙ながらに沢山 聞かせる。
そもそも僕はアシギとカナが仲良くしている処を見ていなかった。
二人が居た時、互いに恋人である事は認めていたけど、どうにも空気が違うと思 っていたものだったが
アシギが今日初めて、些細な事から喧嘩が続いていたのだと教えてくれた。
移民船の世界は狭い。人工の森林や湖に似せたプールは如何にもそれらしく見え るが、
それら施設と居住はもはや場所として切り離せるものではなく、僕達は百人ぐら いで外出できない大きな家に住むようなものだ。
アシギはそんな狭さで一緒にやっていくのだから喧嘩は早くしまいにすべきだっ たと後悔している。
僕は傷つけるのが愛情故だったなら少しぐらい、そういうのも仕方無かったかも と、どう慰めたらいいのか解らないままつぶやいた。
例えこういった無責任な言葉にアシギの拳が返ってきても、それで少しぐらい発 散されるだろうかと思いながら


目を閉じて待ったがアシギが僕を殴る事はなかった。
彼は立ち去る際、傷は癒されなければ滅びなんだと言って


沈んだ僕達に希望の光が見えた。久しぶりに植民地としての可能性を持った星が レーダーにかかった。
船はその場所を目指して加速する。普段は止まって見える星光が少しずつ後ろに 流れてゆく速度だ。
当然と云うかアシギは喜んでいない。どうして今になってと、見えない何かを呪 うみたいだ


その見えない何かが仕組んだのか、アシギの恋人カナは誕生日を越えられない状 態だった。
恋人達の申し出により二人だけでパーティするからと、他の皆は部屋に入らなか った。


先日発見された星が既に肉眼で確認できる場所まで来ている。
衰弱で倒れる者も8人増え、3人減った。明確な原因の判らないまま。
二人のパーティには星が見える向きの部屋を貸し出した


僕達はパーティの前に話し合い、あの星の発見者をアシギにした。
実際は機械の功績だが、せめて今のカナに恋人からの特別なプレゼントがあって 良いではないか


いったいどれぐらい待ったのだろうか


あの星に降りた探査挺から色々と送信されてきた。
検出された幾つかの解析データに愕然とさせられる。
やっと見つけたのに、どうして衰弱の原因がこの星の成層圏上から反射される特 殊な宇宙線にあると納得できるだろうか。
こんなにも近く、目に見えて手に届く場所に来てやっと解析できたなんて、アシ ギじゃなくても呪わしい。
この星には住めない


あの部屋からアシギのおぞましい号泣が響いてから半日過ぎた。
彼が終わらせる迄はパーティなのだと皆は待っていたが、さすがにこの時は僕の 他にも数名が入った。
ケーキは一口も欠けてないし、グラスも乾いたままだった。
カナは安らかに見えたし、そうであったと信じたい


射出口から旅に出た仲間はカナで9人目になる。
アシギが黙ってボタンを押した


アシギの部屋が随分と狭くなった。婦人服は着れない、化粧はしない、カナが読 んでいた本も開かない。
思い出にすがるだけで生きてゆけようか


一週間が過ぎて、アシギは担当する船外作業に復帰した。
親しい人を失ったのはアシギだけじゃない。船はひたすらあの星から離れて、や がて症状に苦しむ者はいなくなったが、
今回の事故で人員の10分の1がいなくなった為に各々の仕事の量が増えた


たまに気遣いながら話しかけても返事しかしないアシギだったが、今日やっと自 分から口を開いてくれた。
「傷は癒されなければ滅びだ。先代が失った地球だって『人類のみの』愛に壊滅 したものだと思ってたぐらいだ。
 カナは…もっと俺を傷付けてくれればよかったんだ。忘れえぬ痛みが、確かに 俺の中のカナを存在させてくれる。
 今はそれがなけりゃ、息するのだって面倒なんだ」


カナを見続けるアシギがちゃんと食事を摂るには、まだ暫くの時間が必要かもし れない。
しかし慢性の人手不足を解消する手立ての無い僕達は、アシギのダウンをこれ以 上放って置いてやる事が出来ない。
無論、大切な仲間に立ち直って欲しいのもある


母星を壊滅させても僕達は生きていたい。この船に『愛故に』なんて言葉、似合 うものか。
あの地球の傷跡を忘れてはならないと先代が伝え、僕達は替わり宿を探す毎日だ







   

2001.1.6 




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