少女格闘伝説2

 






『帰ってきた少女10』〜南風が吹くとき〜







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 ずんと、女王の身体が前に踏み出してきた。
 楓は”南門”の防御技である”風神(ふうじん)”の体勢
に入るために集中力を高め、両手をだらりと下げた、自然
体で身体の力を抜いていた。
 ”風神”とは、秋月玲奈の”流神”と比べてより積極的
な防御方法である。風のように攻撃をかわしながら、同時
に相手の力を利用して反撃に転ずるという、攻防一体の技
でもあった。
 まるで、その様子は風の中で舞をまっているように見え
るという。
 秋月流の中では、投げ技を主体とする”南門”の流派に
のみ伝わる秘伝であり、玲奈でさえ実際に”見る”のは初
めてかもしれない。あるいは、彼女が幼少の頃、彼女の師
であり祖父でもある、秋月六郎に見せてもらったような気
もする。
 記憶が定かではない。
 というより、記憶がガードされているのかもしれない。
 関節技を主体とする”西門”の使い手である玲奈には、
余計な記憶は意識にのぼらないように”仕組まれて”いる
可能性が高い。
 ただ、意識されないだけで身体はこの技を知っている。
そんな予感がした。実際に対戦すれば、返し技が自然に出
る可能性さえあった。
 それを可能にする秋月流の伝承法とは一体なんなのか?
 実は未だに、秋月流は昔ながらの”口伝”でのみ奥義を
伝える。
 それは、先代の記憶と体験を”そのまま”伝承者に伝え
るという特殊な技法によって行われていた。
 ”口伝”とはただ単に口頭によるだけではなく、その資
格を持つ者にのみ確実に奥義を伝える高度な方法の総称で
もあるのだ。
 そう、このやり方ならば、奥義が他に流出することもな
く、しかも”記憶の遺伝”というべき現象が起こる。
 摩耗することのない、何世代にも渡って培われた技術の
蓄積を”そのまま”後の者に伝えることが可能である。
 その方法は『夢見の技法』と呼ばれ、その者の無意識に
全ての知識と体験を直接、書き込むというものだった。
 玲奈の祖父、秋月六郎は現存するすべての秋月流の技を
”すべて”の伝承者に伝え、必要に応じて技が心の奥底か
ら引き出せるようにカスタマイズする、記憶操作のスペシ
ャリストでもあった。

 女王の突進は何の前触れもなく、唐突にやってきた。
 気づいた時には、楓の首は、丸太のような右腕によって
刈られていた。
 力まかせのラリアット。
 しかも、その威力は凄まじい。
 あっという間に、身体が一回転して、マットに叩きつけ
られる。
 そう、思われた。
 一連の技は観客にはそのように見えていた。
 だか、楓は回転の力を殺さずに、それを微妙に制御して
いつのまにか、女王”デビル・クイーン”こと十文字姫子
の背後に回っていた。
 そのまま両足を使って、後から首の関節を極めながら、
姫子の巨体を投げ飛ばしていた。
 姫子は、上下さかさまの姿勢で、脳天をマットにしたた
かに打ちつけられた。
 通常は正面から相手の首を両足で挟んで、脳天からマッ
トに叩きつけるプロレス技であるヘッドシダースドロップ
のリバースとでも言うべき技である。
 その技もやはり、”風神”を起点として繰り出されてい
た。
 一時も止まらない流れるような動きで、楓はうつぶせに
なっている姫子の巨体を軽々と持ち上げ、さらに背後に投
げ捨てた。
 投げ捨て式のジャーマンである。
 旋風のような楓の動きはそれでも止まらない。
 最初のラリアットの威力を利用したのと同様に、自分の
投げ技の力さえ逃がさずに次の技に繋げてゆく。
 ジャーマンのブリッジの体勢から、姫子を投げながらそ
のままバク転していた。
 最後にひねりを加えて着地すると、今度は仰向けに倒れ
ている姫子の巨体を右肩に担ぎ上げた。
 そのまま、助走をつけて、コーナーポストに三角飛びで
駆け登る。
 セカンド。
 トップロープ。
 ステップは軽い。
 とても、100キロ近い巨体を担いでいるとは思えない
動きである。
 コーナーポストの上で、ようやく止まった楓は、パワー
ボムの要領で姫子の巨体をリフトアップした。
 おそるべきパワーが楓に宿っている。
 頭上には、姫子の巨躯が振り子の頂点で停止している。
 力をためる。
 一呼吸ほどの時間が、無限に長く感じられる。
 試合はその時、時間を止めていた。
 観客が息を飲む音さえ聞こえる。
 一瞬の静寂。
 最後はこの技で決めようと、思っていた。
 神沢恭子の現役時代のフィニッシュ・ホールド、『フラ
イング・パワーボム』で。
 楓は飛んだ。
 恐いほどの加速と落下の感覚が彼女をつつむ。
 そして。
 マットに人の体がぶつかる打撃音が会場を震わせた。
 ついに、長かった試合に終止符が打たれた。











   <つづく>





                  1999.5.29




 





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