少女格闘伝説2

 






『帰ってきた少女13』〜闇の技〜







13




 楓は精神を集中しながら、空中から襲いかかろうとしている
姫子の動きを見つめていた。
 空中でのバランス、姿勢は何とも形容しがたい美しさを放っ
ていた。
 集中力が高まりつつある楓には、その動きはコマ送りのよう
にはっきりと見えていた。
 楓の外界の時間は遅延し、空気の流れがまるでコールタール
のように重く、感じられた。超高速の世界ではよく起こる現象
である。
 意識が極限まで研ぎすまされることによって、ほんの小さな
空気の流れさえ、まざまざと感じられた。
 だが、現代日本において、その感覚を体感できる人間は滅多
にいないはずである。
 秋月流の使い手を除けば、ほとんど絶滅しかけている古代の
体術の体系の流れを汲んでいるからだ。

 かつて、古代世界では当たり前の技術であったものが、今で
は"秘伝"などと呼ばれてありがたがられている。
 いつのまにか、そういう身体の能力を開発する方向性は廃れ
てしまったのが、今の文明であるから無理からぬことかもしれ
ない。それは、つまり、個人の特殊な能力に依存するタイプの
社会から誰もが参加できる社会への移行であった。
 自由、平等、博愛というやつだ。
 だが、同時に、それは個人のもつ特殊能力を封じ込めてしま
った。超能力などへの異端視は、どうやらこのことに起因する
ようだ。

 それはともかく。
 楓の感覚は何か見えざる予感につつまれていた。
 普通に考えれば、姫子が放とうとしている、二−ルキックな
どの大技は捨て技として使い、次の攻撃に移るためのもののは
ずだ。
 たやすく当るものではないことぐらい、本人も承知している。
 だが、何か黒い力が十文字姫子の身体から放射されて、楓の
気迫を押しつぶそうとしている、そんなイメージが楓の脳裏を
よぎった。
 ただの予感というにはあまりにも明確な意志が感じられる。
 結局、楓はカウンター攻撃の間合いを外し、大きくその攻撃
を避けることにした。
 その代わり、こちらからも反撃はできない間合いになってし
まった。
 姫子の技は空を切る。
 はずだった。
 が・・・凄まじい打撃音とともに、楓の左の肩口に姫子の右
足がめり込んだ。
「な、なんなの!」
 楓はとっさに左腕でガードしたが、間に合わなかった。
 確かに、躱したはずの技が楓の身体をしたたかに打ちすえた。
 何故、躱しきれなかったのか、楓は混乱し始めていた。
 次の瞬間、姫子の背後から数本の腕が伸びてきて、彼女を羽
交い締めにしようとした。
 エンジェル・プロレスの中堅選手たちである。
 ようやく、姫子を制止するために乱入してきたらしい。
 その間に楓は呼吸を整える。
 しかし、十数人にも及ぶ選手達は、五分ともたなかった。
 鬼神と化した姫子の前に、ある者は膝で、ある者は投げられ、
 ある者は強烈な一撃を浴びて悶絶し、崩れ落ちていった。
 しかし、楓にはそのほんの数分でも貴重であった。
 体勢を完全に立て直すことが出来た。
 楓の視線の先には、選手たちの屍が転がり、その廃虚の中に
鬼の形相をして微笑んでいる姫子がゆらりと立ちつくしている。
 姫子が放射していた黒い気のようなものは、ますますその力
を増しているようであった。
 楓は肌が粟だち、強烈なプレッシャーを感じはじめていた。
 楓は戦慄した。

「死音じゃ………」
 秋月六郎がつぶやく。
「まさか!その”しおん”というのはあの男が使っていた……
……… 」
 神沢勇吾はほんの数週間前に闘った、男の顔をまざまざと思
い出していた。おそろしい技の使い手であったが、何か突き抜
けたような清々しく不思議な瞳を持っていた。
 邪悪であるが、決して卑劣な男ではなかった。
「そう、玲奈の父親、小五郎の技じゃよ。今ではあやつしか、
あの技は使えん」
 六郎の唇は心なしか、かすかに震えていた。
「悪しき闘気によって空間を歪ませる攻防一体の技じゃ。秋月
流の北門の秘術のひとつ………数千年前に、先達たちによって
封印され、葬り去られた技でもある。どうやら、この試合、こ
こまでじゃ」
 六郎はリングに向かって踏み出そうとした。
 が、勇吾の右腕が、六郎の肩をしっかりと捉えた。
「待って下さい、師匠。 恭子はまだ、タオルを投げてません。
何かしらの勝算がまだ、あるということです」
 六郎は振り向きながら、勇吾の瞳を見返した。
 強烈な眼光は、とても60を過ぎた老人のものではなかった。
 ほとんど、物理的圧力をともなっていた。
「………なるほど、おぬしならどうする?」
 神沢勇吾は不敵に笑った。
「怖れる必要はないし、避けることもしません。ただ、正面か
ら受け止めるだけです」
 秋月六郎は突然、声を上げて笑い出した。
「これは、愚問だったな。おぬしらしい答えじゃ」
「師匠、冗談ではありません」
「わかっておるよ」
 さすがに悪いと思ったのか、六郎はようやく真顔に戻った。
「あの楓とかいう娘もそうすると?」
「ええ。なぜなら、彼女はプロレスラーだからです」
 ふっと、六郎は何とも言えない表情を浮かべた。
 それは、軽蔑ではなかった。
 強いて言えば、羨望だったかもしれない。
 ただのショービジネスであると蔑まれているプロレスラーの
中に煌めくような崇高な精神を見い出して驚いてもいた。
「プロレスラーか………」
 六郎はその言葉を噛みしめながらつぶやいた。
 リング上では、死闘がはじまろうとしていた。
   

 

 
 



   <つづく>





                   1999.8.30










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