少女格闘伝説2

 






『帰ってきた少女15』

最終回〜ただ、プロレスラーとして〜







15


 
  楓が意識を失っていたのは、ほんの少しの間〜時間にすると
わずか数十秒の間だったろう。
 姫子の一撃は確かに楓の顎を的確に捉えていた。
 が、その刹那、楓は無意識のうちにスウェーで微妙に打撃点
をずらしていた。
 だが、立ち上がれたのはそのためではない。
 楓のうちに何か「力の渦」のようなものが宿りはじめていた
からであった。

 目を覚ました彼女の視界にはロープにもたれかかって、自分
を睨みつけている姫子の姿が映った。
 わずか数十秒とはいえ、追撃の時間は十分にあったはずだ。
 それはもはや、姫子に反撃の力が残っていないことを物語っ
てもいた。
 楓は頭を振りつつ、マットをもう一度、踏みしめる。
 軽い目眩がした。
 もう一度、身体に力を込めた。
 ようやく、意識がはっきりとしてくる。

 不意に、楓の身体の中から凶暴な力が湧き上がって来た。
 相手を破壊しつくそうとする荒ぶる力である。
 それは「風神」と呼ばれていた。
 秋月流の南門の伝承者達の意志の総体、それが「風神」であ
った。
 それは伝承者に宿りその潜在能力を極限まで引き出す、秋月
流の奥義のひとつであり、それに到達することが秋月流の最初
の目的だとも言われている。
 入門からたった3年あまりでこの境地に達した者は、秋月玲
奈は別格としても、歴代伝承者でも本当に数えるしかいなかっ
た。
 それは楓の類い稀な資質を示していた。
 だが、それは最初の試練でもあった。
 


「まずいな」
 秋月六郎は楓の様子をうかがいながら、事態を的確に見抜い
ていた。
「どういうことです?」   
 神沢勇吾は怪訝な表情で問い返した。
「風神が宿ってしまった」
 六郎はぼそりとそれだけ言った。
「でも、それはそんなに悪いことではないのでは?」  
「いや、普通の状態なら、お主の言うように、むしろ喜ばしい
ことかもしれぬ」
「……だが、それは師範がついている道場での話だ。こんなふ
うに実戦で目覚めた場合は……」
 六郎は珍しくためらっていた。
「目覚めた場合は?」  
 勇吾は問い直した。
「……力の暴走を止めることができずに、周りを巻き込んで破
滅へと向かう。そして、術者は魔界に落ちると言われている」
「魔界?」
「力のみに魅せられて、勝利だけを追い求めることになる。 そ
れはもはや、秋月流とは言えぬ、何か別のものじゃ」
 六郎は吐き捨てた。
「まさか……」
 勇吾の脳裏に何かが閃いた。
「……あの男が?」
「そう、小五郎じゃよ」
 六郎の声は悲しみに満ちていた。

 楓はリングの中央で立ちつくしていた。
 力の奔流に晒されながら、楓はじっと耐えていた。
 それが「風神」の力であることも解っていた。
 でも、そんな決着のつけかたはしたくなかった。
(そう、私はプロレスラーよ)
  心の声はそう告げていた。
 ふと見上げた楓の視線の先では、姫子が折れた足を引きづりな
がら楓に向かってきていた。
 その顔は苦痛で歪み、歩くというよりマットの上を這っている
ように見えた。
 だが、姫子は姫子なりにまだ、戦おうとしていた。
 苦悶の果てに姫子は楓の目の前についに辿り着いた。
 が。
  ついに力つきたのか、前のめリに倒れ込む。
 楓が受け止める。
 姫子はただ一言。
「手加減無用」
 しっかりと抱きとめる。
 それは愛しい恋人を抱擁しているように見えた。
 楓は姫子の身体を抱えて、しっかりとクラッチした。
 本当は、もう、投げたくなかった。
 もはや、姫子には受け身を取るだけの力さえ残ってはいないだ
ろう。
 でも、それでは姫子の信頼を裏切ることになる。
 彼女の誇りをもう一度、傷つけることになる。
 それだけはできない。
 彼女の願いを最後に叶えてやるしか、楓の選択肢は残されてい
なかった。
 意識を奪い去らなければ、姫子は何度でも向かってくるはずで
ある。
 最後は、せめて最強の技で終わらせたい。
 楓は両手に力を込めた。
 一瞬、姫子の身体から重力が消え去った。

 サイドワインダー。
 神沢勇対策として開発した必殺技である。
 サイドスープレックスで抱え上げてから、肩口からマットに真
っ逆さまに落とすという危険な技である。
 間違いなく姫子を再起不能へと追い込む技であった。
 楓は泣きながら、叫んだ。
「うわぁぁぁぁぁ!」
 絶叫が頂点に達した時、急角度で姫子の肩がマットに激突した。
 骨の砕ける嫌な音がした。
 楓の泣き声はいつまでもマットに響いていた。
 あまりの光景に、会場は静まり返っていた。
 だけど、ふたりの想いはひとつだった。
 ただ、プロレスラーとして……。
 
 
 
 
 


   

    <第2話 完>





                  1999.11.5












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