少女格闘伝説2

 



『帰ってきた少女6』








 右手を組みに行った楓は、美奈子の左手を掴もうとした。
 が、完全に空をきってしまう。
 さっきまでそこにはあったはずの美奈子の左手は、もっ
と下の方へ移動していた。
 というより、楓の腰に美奈子の両腕がいつのまにか巻き
ついていた。
 高速のタックルだった。
 左手のフェイントが効いているので、楓からみれば美奈
子のスピードは魔法のように速く見えたはずだ。
 そのまま楓は仰向けに倒された。
 馬乗りになられる危険を避けるために、楓は両足で美奈
子の腰をかかえるようにしてコントロールしようとした。
 いわゆる、ガードポジションというやつだ。
 馬乗り〜マウントポジションを防御するために最適な防
御方法である。世界最強の寝技系格闘技である、南米のグ
レイシー柔術によって一気に有名になった攻防である。
 グレイシー柔術ではこのポジションを取ることを最も重
視していた。事実、馬乗りになられると下になった者のパ
ンチはまともに上の者に届かないし、たとえ届いたとして
も威力は半減してしまう。
 反対に上になった者は殴り放題である。
 頭をガードすれば、ボディを攻撃して、息が詰まってボ
ディを庇えば頭を攻撃する。もし、それからも逃れようと
して、うつ伏せになれば後頭部を殴られた挙げ句にスリー
パーで締め落とされる。
 そういう運命しか待っていない絶望的なポジションであ
り、いかに楓が強くてもそれだけは避けなければならなか
った。
 が、それも違っていた。
 美奈子の意図は別のところにあった。
 彼女は楓の両足を抱えるとそのまま回転を始めた。
 ジャイアントスイングである。
 一見、派手で効果のないように見えるこの技は、しかし、
実際、かけられた者の三半器官を揺さぶって、平行感覚を
狂わせ、一時的に戦闘不能にするものであった。
 パワーがなければ使えないために使い手は少ないが、フ
ィニィッシュホールド〜決め技へのつなぎとしては絶好の
技であった。
 楓も自分がかなりヤバイ状態にあることは認識していた
が、一度、乗ってしまったレールはなかなか外せない。
 ただ人形のように技を受け続けるしかなかった。
 意外とこの子、頭脳派ねなどという、のんきな感想は遠
心力でどこかに行ってしまった。
 そう、完全に楓は美奈子の必殺パターンにはまりつつあ
った。
 10回転ぐらい回された後だろうか。
 突如、マットに放り出された楓は必死で立ち上がる。
 ふらふらと立ち上がりながら、次の技を防御しようと頭
部を両手で庇おうとした。パターンからいけば次はローリ
ングソバットを顔面にヒットさせてくるはずだ。
 だが、いつまで経っても次の技は来ない。
 代わりに、美奈子の声が耳元で聞こえた。
「残念でした。楓先輩……」
 背後から楓は抱きかかえられていた。
「………さようなら」
 その囁きを楓は最後まで聞くことはできなかった。
 そのまま背後へと投げられていたからだ。
 柔道の裏投げである。
 プロレス技で言えば変形のバックドロップというところ
か。
 後頭部を強打した楓は、たまらずマットの上でバウンド
する。ぐったりとした楓の両手をフルネルソンにとらえる
とついに美奈子のフィニッシュ・ホールドが炸裂した。
 ロコモーションジャーマンスープレックスホールド。
 このオリジナル・ホールドのために美奈子は、将来のエ
ース候補に登りつめたと言っても過言ではなかった。
 楓は再び背後に投げられて肩から後頭部にかけて痛打し
た。
 だが、それは一度では終わらなかった。
 美奈子は普通のジャーマンを放った後、綺麗なブリッジ
から、両手をホールドしたまま楓の上を乗り越えて再び、
ジャーマンの態勢に戻っていた。
 そして、楓はまた投げられた。
 それが相手の意識を全て奪い去るまで続けられるのだ。
 それにしても。
 楓に対する容赦ない攻撃はプロレスの暗黙の了解を越え
ていた。
 その時点では、誰が見ても美奈子は完全に切れていた。
 真剣〜セメントモードに突入しているのは明らかであっ
た。このまま試合を続ければ、楓の選手生命を奪いかねな
い。
 その時、セコンドの神沢恭子が初めてレフリーの方を睨
んだ。
 レフリーはなにげなく視線を外した。
「……レフリーもグルって訳ね」
 彼女の予想は当たっていた。
 最初から、仕組まれた試合だったのだ。
 楓を潰すためにだけにこのセメント・マッチは組まれて
いたにちがいなかった。
 試合中の事故に見せかけて将来、強敵になるだろう選手
を再起不能に追い込む。
 だが、おそらく首謀者は美奈子ではないだろう。
 もっと厄介な相手が、背後にいるような気がした。
 だとしても、ここで楓が潰されてしまっては真相の解明
など意味を無くしてしまう。
 が、いまさら、タオルを投入しても遅いだろう。
 乱入したその首謀者たちに、かえって楓を袋叩きにする
口実を与えてしまうだけかもしれない。
 そちらの方が何倍も危険であった。
 恭子は楓を信じるしかなかった。
 そんなやわな鍛え方はして来なかったつもりだ。
「楓!しっかりしなさい!」
 恭子にはもう叫ぶことしかできなかった。
 薄れゆく意識の中、楓の心に勇の顔が浮かんだ。




   







   <つづく>


                1999.4.10












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