少女格闘伝説2

 



『帰ってきた少女8』









 最初から、神沢勇には奇妙に思っていることがあった。
 何故、楓は技を受てばかりいるのか。
 そして、あの”リストバンド”と”アンクルバンド”は
一体、何のためにつけているのか。
 ひとつ目の疑問は、楓が復帰戦に際して、自分の耐久力
を”試している”ということなのかもしれない。危うい所
もあったが、結果は楓の圧勝であった。まずまずの成功と
言える。
 が、同時にあの異常なまでの技の威力〜通常は”繋ぎ”
の技に過ぎないサイドスープレックスでダウンを奪うとい
う〜が原因ではないかとも思える。
 威力がありすぎるのだ。
 たったひとつの技で勝負がついてしまう。それは観客を
楽しませるというサービス精神旺盛な楓には到底できるは
ずもなかった。
 そして、更に不審なのは、手首と足首に巻かれたかなり
厚めのバンドである。
 昔から、汗などをふくために使われるそれを楓は滅多に
身につけることはなかったはずだ。
 彼女は常々、
「リストバンドなんか、ファッションでつけてるだけでし
ょ。あんなチャラチャラしたものは嫌いよ」
 と言っていたのを、勇はまだエンジェル・プロレスの練
習生だった時に聞いた覚えがある。
 楓の性格からしても、その主義を変えることは考えにく
い。
 結論としては、”何か理由があってつけている”としか
考えられない。
「………そうか!」
 神沢勇は無意識のうちに思考を口に出していた。
「神沢先輩、どうしたんですか?」
 風森怜は驚いて振り返った。
 テレビのブラウン管に釘付けになっていた、怜が振り向
くぐらいだから相当大きな声を出してしまったらしい。
「……ええ、ちょっと面白いことに気づいたのよ」
 神沢勇はにやにやと意味ありげな言葉を吐いた。
「あ、さては、自分だけ分かっていて、私に教えないつも
りですねぇ。教えてくださいよぅ。お願いですからぁ」
「いいのよ。すぐに判るから」
 勇はそっけなく言い放った。
「いじわるしないでくださいよぅ」
 甘えたような声を出しながら、怜の腕はしっかりと勇の
首に巻きついていた。
「………こ、こらぁ、この手を外しなさい。く、く、苦し
いから外しなさい!」
 さすがの勇も背後から首を締められると、おいそれとは
抜け出せなかった。意外とこの子、力あるのよねぇ、と勇
は感じていた。
「教えてくれたら、許してあげますから。そうしないと…
…… 」
 怜はさらに勇を締め上げようと力を込めた。
「わかったわよ。……別に教えないとは……言ってないで
しょ。……ぐっ、ぐはぁ!」
 その途端、勇の首は解放された。
「……まったく、あなたねぇ。変な時だけ技が決まるのよ
ねぇ。これが試合で決まればねぇ。ごぼ、ごほ」
 勇はまだ咳き込みながら怜の頭をこずいた。
「えへっ。そうなんですよぅ。この前の乱闘の時もいじわ
るなフロントの人がいたから、つい、”飛びつき腕十字固
め”が完璧に極まってしまって……」
「極まってしまって、どうしたの?」
「……謹慎、一箇月です」
 怜は頭を掻いた。
「は、ははははははははっ!傑作ねえ。謹慎、一箇月です
って、私と同じじゃない。はははははははっ!!」
 深夜だというのに、勇は笑い転げた。
 まくらを抱えて、ふとんの上を転がった。
 その間も、笑いの衝動はやまず、彼女の体を痙攣させ続
けていた。
 怜はむっつりとしている。
「そんなに笑わなくてもいいじゃないですかぁ!」
 少し怒り気味で怜は口をとがらた。
「ごめん、ごめん。面白すぎて、涙がとまらないわぁ」
 勇はひとしきり、笑いの発作で身体を震わせていた。
 なかなか止まらない。
 涙を拭きながら、勇はようやく気を取り直した。
 怜はその間に、またもや勇の背後に回り込んだ。
 怜が怒りのあまり”アキレス腱固め”の体勢に入ろうと
した時、テレビの画面が切り替わって、あるレスラーの姿
が大写しになった。
「怜、よく見ているのよ。柳沢楓の”本気”が見れるかも
しれないわよ」
 怜の視線の先には、巨大なレスラーの体躯が出現してい
た。
 20年もの間、エンジェル・プロレスの、いや、女子プ
ロレス界の悪役、すなわち、ヒールの頂点に君臨している
レスラー。
 そして、神沢恭子の生涯最大のライバルであり、新人だ
った彼女の首の骨を”故意に”折り、再起不能へと追い込
みかけた女。
 さらに今、柳沢楓を潰そうと森谷美奈子に”真剣(セメ
ント)”を仕掛けさせた張本人、黒幕。
 スーパーヒール”デビルクィーン”、その人が今、マッ
トの上に降臨していた。

 それにしても、女子プロレスラーとは思えないがっちり
とした体格は、あまりにも想像を絶していた。
 ”デビルクィーン”とはよく言ったものだ。
 せいぜいあって、体重が60キロぐらいの女子プロレス
界において90キロは優に越えている”ヒールの女王”の
存在は驚異以外の何物でもない。
 男子でも90キロといえば、高名なレスラーが目白押し
である。ジュニアというよりヘビー級で十分やっていける
体重でもある。
 格闘技において体重は、直接、勝敗に関係してくる重要
な要素である。それゆえ、ボクシング、柔道、空手などで
は体重により階級が厳しく分けられている。
 だが、女子プロレスだけは別である。一切、階級はない。
 あるのは暗黙の了解のみ。
 実際の所、観客動員が見込めれば、フロントの一存でど
んな無茶な試合でも組める。
 女子プロレスが今のように華やかでない頃、客が呼べる
悪役(ヒール)としてエンジェル・プロレスに君臨したのが
”デビルクィーン”であった。
 それは今で変わらない。
 おそらく、絶対的な強さを持つ正義の味方(ベビーフェ
イス)の不在が原因であろう。かつては神沢恭子こと森恭
子がその位置にいて、”デビルクィーン”との名勝負を展
開したのだ。
 それも今では過去の話である。

 柳沢楓は意外と冷静であった。
 凶器の竹刀(しない)とチェーンを持ち込んだ、”デビル
クィーン”の腹心である、”レッド”と”ブルー”に視線
を注いでいる。
 まるで左右を護る赤鬼と青鬼のようなふたりのレスラー
は、その呼び名の通り、スプレーで青と赤に染めあげた髪
を立てて、手には凶器をそれぞれ携えている。
 三人は、漆黒のラバースーツのような水着と、黒のブー
ツ、マントをそれぞれ身につけていた。
 ”デビルクィーン”はやはり黒髪に、サングラスをかけ
ていて、その表情はうかがい知れないが、それがかえって
えも言われぬ威圧感を生み出していた。
 楓は再び”二人”に視線を戻した。
 ほっそりとした体格で俊敏な”ブルー”がチェーンで相
手の自由を奪い、ガッチリとした体格のパワーの型の”レ
ッド”が竹刀、あるいは一斗缶(いっとかん)などでメッタ
打ちにするという単純な攻撃パターンで襲ってくる。
 分かっていても、熟練の反則技はかわせそうにない。
 楓はただゆっくりと両足の”アンクルバンド”を外す。
 戒めを解かれた楓の足は嘘のように軽い。
 特注の特殊合金性のそれはかさばらないが、片足20キ
ロもの重さになる。
 これを練習中のみならず、日常生活においても肌身離さ
ず身につけている。それはちょうど小さな女性一人分の重
さに匹敵するだろう。
 それをほぼ2年もの間、続けたとしたら。
 一体、どんな身体になるだろうか?
 その結果は、神沢恭子でさえ予想だにしなかったもので
あった。いや、正確にはある程度は予想されていた。かつ
て神沢恭子自身がそれを使っていたからだ。
 だが、その予想を上回る結果が楓と恭子とのスパーリン
グにおいて出ていた。
 それに加え、首の骨を折ってしまった恭子も行った”あ
る特殊なトレーニング”の成果も同時に現れていた。
 それら全てが今、リング上のハプニングによって明かさ
れようとしていた。
 楓はさらに、両腕の”リストバンド”を外して、セコン
ドの恭子に手渡した。その間も彼女の視線は”ふたり”の
動きを牽制しつつ、油断なく相手の動きを見据えていた。
 それとは対称的に”デビルクィーン”はそんなことには
関心がないかのように無表情で、コーナーを背にしてくつ
ろいでいた。それは比喩でもなんでもなく、全身から無駄
な力が抜けた理想的な自然体であった。
 サングラスに隠れて、その瞳は見えはしないが、余裕の
笑みが双瞳に浮かんでいるのは間違いなかった。
「今に見てなさい。その自信、粉々に砕いてやるから!」
 楓は心の奥底から静かに吠えた。
 決して、大きな声ではなかったが、その凄味は十分、相
手に伝わっているはずだ。
 まあ、そんなことはおくびにも出さないだろうが。
 楓が一歩、踏み出した時。
 チェーンがタイミング良く飛んできて、楓の左手に巻き
ついた。
「ちぇっ!」
 楓は小さく舌打ちした。
 ”ブルー”は嬉しそうにチェーンを引き寄せる。
 だが、楓の左手は下にだらりと垂らしたままなのに、び
くともしなかった。力を入れているふうでもない。
「試合開始ね。覚悟しなさい」
 楓は地の底から湧き上がるような声で宣言した。
 漆黒の瞳は怒りで燃え上がっているようだ。
 楓の全身から力が立ち昇る。
 未知の力が解放されつつあった。
 



   <つづく>





                  1999.5.5












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