少女格闘伝説2

 





『帰ってきた少女9』〜女王の悲劇〜









 ”デビル・クィーン”こと、十文字姫子は実は、かなり
の美形である。
 新人の頃は、アイドル並のルックスで水着などの写真集
が大ヒットしたりして、団体のドル箱的レスラーだった。
 しかし、敢えて、”ヒール(悪役)”となったのには訳が
ある。20年前、彼女がデビューしたのは、女子プロレス
の老舗、ジャパンレディスプロレスにおいてであった。日
本で、最も歴史と伝統のある女子プロレス団体でもある。
 そこでは、彼女は容姿の華やかさから、アイドル的ベビ
ーフェイス(正義の味方)として人気を博していた。
 それがいけなかったのかもしれない。
 彼女は、ヒールのレスラー達に事あるごとに苛められ、
控え室などの陰でリンチを受けたりした。一時は、彼女の
水着で隠れる所はほとんどアザだらけだったこともある。
 凄まじいイジメと陰口、嫌がらせが彼女を襲った。
 上下関係が厳しく、封建的な老舗のプロレス団体だから、
そんなことが当たり前になっていた。
 彼女はそれでも、歯をくいしばり、技を磨いた。
 しかし、ある日、突然、彼女は失踪した……。

 そして、三年後。
 いつのまにか、彼女はヒールの”デビルクィーン”とし
てエンジェルプロレスに姿を現わした。
 全ての素性を隠し、覆面をつけ、全身、黒づくめの姿だ
った。さらに、身体は別人のようにビルド・アップされて
いた。体重も既に80キロを越えていたはずだ。
 しかし。
 失踪していた時のことは、全く語ろうとはしなかった。
 それに本人だとしばらくの間、判らなかったぐらいの変
貌を遂げていた。
 だが、技の切れはしから、彼女だと気づいた者がいた。
 そう、神沢恭子である。
 彼女は秘かに、十文字姫子のレスリングセンスに惚れ込
み、目標として彼女のいるエンジェル・プロレスへ入門し
てきた変わり種であった。

「まったく、あの頃と変わらないわね」
 十文字姫子はサングラスの奥から、神沢恭子を観察しな
がら、そんなことを呟いた。
 10年以上も前に共に闘った好敵手。
 姫子は彼女に一度だけベルトを取られていた。
 ずっと守り続けたベルトを生涯、一度だけ。
 新人だった、彼女の首の骨を折ったこともある。
 不死鳥のようにカンバックした恭子は、手強く、圧倒的
な力を身につけて帰ってきた。
 あの時と同じだ。
 柳沢楓も別人のような力をその身体に宿している。
 姫子は、ゆっくりと恭子の育て上げた選手、柳沢楓を見
つめていた。
「いい選手みたいね。でも、私のプロレスにどこまでつい
てこれるかしら?」
 かつてのライバル、何度も死闘を演じた、神沢恭子が連
れて来た選手はどれほどの力を秘めているのか。
 姫子は、楽しみで仕方なかった。
 思わず、笑みがこぼれる。
「レッド!ブルー!やっておしまい!」
 彼女の声はヒールである”デビルクイーン”に戻ってい
た。冷酷な反則技が楓を襲おうとしていた。

 柳沢楓にその時、二度目の時間遅延が起こっていた。
 時間遅延現象とは、脳の代謝速度の飛躍的な加速により
あたかも、周りの時間が減速したように感じられる現象で
ある。
 スポーツ選手などが、集中力を極限まで高めた時に希に
報告されることがある。ボールの縫い目が見えたとか、ボ
ールが止まって見えたなどの事例がそれである。
 交通事故などの際にも同様な事が報告されているが、危
機に際して脳の潜在能力が引き出されるということかもし
れない。
 楓にとっては襲いかかってくる”ブルー”と”レッド”
の姿はスローモーションにように見えていた。
 もちろん、それに伴う、身体の反射速度の向上方法も楓
はすっかりマスターしていた。
 柔軟で強靭、スピードさえも兼ね備えた楓の身体が躍動
した。
 楓の左手に巻かれたチェーンをたぐり寄せようとした”
ブルー”は高速で動いた楓のスピードについていけなかっ
た。
 気づいた時には、訳もわからず、横から衝撃があり、場
外にふっ飛ばされていた。
 自分が何をされたのか、解っていなかった。
 実はただ、楓の左足の蹴りで飛ばされただけなのだが、
その威力と衝撃によって”ブルー”は以後、戦闘不能に陥
る。
 凄まじい衝撃とショックによって彼女は二度と立ち上が
れなかったからだ。
 凶器の竹刀を降り下ろそうとした”レッド”も今度は右
足の蹴りで反対側の場外へと飛ばされていた。
 やはり、自分に何が起こったのか、解らぬままに。
 彼女は角度が悪かったのか、”手加減した”はずの蹴り
で両足を砕かれ、もはや立つことができなかった。
「なるほど、流神ではなく、”風神”という訳ね。そうな
るとあれは”南門”の技ということになるわ」
 秋月玲奈は神沢恭子に語りかけていた。
 セコンドの恭子はちらりと玲奈に視線を送る。
 だが、観念したように言葉を吐き出した。
「その通りよ、玲奈さん。秋月流、南門の防御技”風神”
よ。ご推察の通り、あなたの師であり、祖父でもある秋月
六郎に習った技よ」
 玲奈は無言で答えた。
 ついに”デビル・クイーン”がその身体を楓に向けて、
戦闘体勢に入ったからだ。
 マットに嵐が巻き起ころうとしていた。
 



  

 

 


 <つづく>





                 1999.5.24





 

 



@ 戻る

@ 10 


このページは GeoCitiesです 無料ホームページをどうぞ