少女格闘伝説1

 





『異形の少女2』








 その日の観客の入りはまずまずだった。
とは言っても、人気アイドル歌手、秋月玲奈のミニ・コンサー
ト目当ての客がかなり多くいたためか、いつもと違う華やかな
雰囲気であった。
 そして、決してプロレスが見たくて訪れた客ではなかった。
 選手たちの中には、そういう会社の方針に反発する者も少な
からずいた。自分はプロレスラーであって、アイドル歌手の前
座ではないと公然と主張する者もいた。
 そして、その日、そんな団体内部の不協和音が表面化しよう
としていた。
「私、試合には出ません。あんなアイドル歌手の前座なんかご
めんです!」
 そう叫んでいるのは、デビュー1年目の新人ながら、その華
麗なテクニックと人気を誇る森谷美奈子(もりたにみなこ)で
ある。
 アイドル歌手顔負けのルックスとアマレス仕込みの実力を兼
ね備えた、エンジェル・プロレスの将来のエース候補だった。
 それゆえ、プライドも高く、わがままも多かったが、フロン
トとしても他団体に移籍されては元も子もないと、どうしても
特別な扱いをしてしまっていた。
「美奈子、だけど、そうしたら第三試合はどうするんだ。試合
に穴を開ける訳にはいかないんだぞ!」
 フロントのひとり、岩永信一郎(いわながしんいちろう)は
それでも食い下がった。彼も、森谷美奈子の気持ちも分からな
いでもなかったが、今の会社の体質ではどうしようもないこと
も十分、承知していた。
「新人の子にでも相手させればいいわ。神沢先輩なら、そつな
くこなせるわよ。とにかく第三試合には出ませんから、よろし
く、言っといて下さい」
 森谷美奈子はそう言い放つと、勢いよく控え室の扉を閉めた。
 鍵を閉めたのか、外からはもうびくともしなかった。
 岩永信一郎は気を取り直して、廊下をとぼとぼと歩きだした。
「………あの。私でよかったら、試合に出させてもらえません
か?受け身も取れますし、ちょうど練習用の胴着も持ってるし、エキビジジョンくらいなら、やったこともありますしできると
思うんですが」
 振り返った岩永信一郎の目には可憐な少女の姿が映った。
 秋月玲奈であった。
「これはこれは、玲奈ちゃんじゃないですか。どうも、お恥ず
かしいところをお見せして、すいませんでした。どうか、あま
り気にしないで下さい。あれも悪気があって言っている訳じゃ
ないんですが………。ええと、さっき、試合に出れるとかおっ
しゃって……」
 玲奈はすぐさま切り出した。
「ええ、御存知かもしれませんが、私の実家は九州で柔術の道
場を開いているものですから、小さな頃から稽古は続けている
ので、少しぐらいならお相手できると思うんです」
 そう言えば、以前に、秋月玲奈がテレビで柔術の腕前を披露
したところを見たことがある。あの時は彼女の鋭い身のこなし
に驚き、感心したものだ。確か、柔道の黒帯ももっていたはず
だ。
 案外、行けるかもしれない。
「しかし、プロダクションも許さないでしょうし、もし、ケガ
でもされたら、こちらとしても責任問題になりますから」
 しかし、岩永信一郎の言葉は歯切れが悪かった。
「それは私が説得しますし、責任も取りますから、御心配には
及びません。それに対戦相手の神沢勇さんはとてもプロレスが
うまいし、ほんのちょっとだけのエキビジジョンマッチなら大
丈夫だと思うんですけど」
 確かに、秋月玲奈の言うことにも一理あった。
 岩永信一郎はしばらくの間、考え込んでいたが、どうやら決
意を固めたようだった。
 渋々という感じで話し始めた。
「では、こうしましょう。5分ぐらいのエキビジジョンマッチ
で対戦するというのはどうですか。勇にはよく言っておきます
から決して無理はなさらないように。そうですねえ、型稽古か
演武のつもりでやってください」
「ええ、それでいいです。では、胴着に着替えますので、時間
がきたら控え室まで呼びに来てください。よろしくお願いしま
す」
 一礼すると、秋月玲奈はそそくさと控え室へと帰っていった。
「案外、面白い試合になるかもしれない」
 岩永信一郎はふと呟いた。
 しかし、不安がなかった訳ではなかった。
 同時に、大丈夫だという感覚もあった。
 彼は以前、秋月玲奈の柔術の演武を見たことがあった。仕事
柄、新人発掘のために地方の武道大会を見て回ることも多かっ
た。
 そんな中で、力強く、やわらかくて自然な動きの彼女の演武
を見た時は鳥肌がたったものだ。アイドル歌手としてデビュー
していなければスカウトしていたかもしれない。
 ともかく、その時の彼の決断が正しかったことは後で証明さ
れることになる。
 岩永信一郎はこれからの段取りを考えながら、リングサイド
に向かって足速に急いだ。
 入場テーマ曲の手配、ルールなどをスタッフと相談し、演出
も考えなくてはいけなかった。既に第二試合のゴングは鳴って
いた。
 現場責任者には考え込む暇はなかった。


 
 





 
  <つづく> 

                    1999.2.6










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