『無題』について こややし この小説についてなのですが、この主人公は結局、自分を誉めて欲しい、認めて欲しいという欲求のかたまりのような人だと思います。 そして、才色兼備の女性が登場しますが、彼女は主人公の思い通りになるただの人形のように見えます。 この小説そのものが、彼の妄想世界、全く現実性を欠く主人公の自分勝手な夢のようにも思えます。 それはラストのこんな描写に色濃く反映されています。 ------------------------------------------------------- 「今日はとても楽しかったですわ。」 彼女はそう言いながら、僕の左手にしがみ付くようにしなだれかかってきて、 僕の耳元に囁く。彼女の言葉に体重まで上乗せされたので、世界中が自分を祝福して いるように 有頂天になってしまう。無意識のうちに 得意になったときの癖でついつい替え歌を大声で歌う。 ♪お酒を加えたどら焼き 食べかけて 裸で裂けてく 愉快な鈴江さん♪ 彼女の眼に驚きと賛美と笑いが混じり合って溶け合って、それに僕への愛が加勢さ れて 最大級のハートマークになるんだね。 「あら、その歌、とても面白いですわ。私にも教えて下さいな。」 「勿論ですとも。」 僕と彼女は手を組みながら大声で歌を歌いながら帰りの途に付いた。 ------------------------------------------------------- こういうことはあまりありそうにないし、何か違和感のようなものを感じますね。 この作品世界には、主人公の主観しか存在せず、全く意見の異なり、それでも受け入れるしかない「他者」の存在が感じられません。 それゆえ、異質な存在としての他者のぶつかり合いである小説、物語性が稀薄で、文章は軽快で読みやすく流れるように展開しますが、どうも心に引っかかるものがないような感じになります。 そして、この主人公の精神世界は、現代社会の歪みや若者の精神性と同じものがあります。 この主人公はかなりの確率でストーカーになるでしょうし、少年犯罪を引き起こした少年たちとも共通している点があります。 大変危険な性格です。 自分と他人は違うのだ。 他人は自分の一部にはなれないし、まったく違う存在で、尊重され、 大切に扱うべきものだということを知ってもらいたいと思いました。 どうか、彼が本当に「他人」「他者」と出会えることを心から祈りたいと思いました。 大変、奇妙な感想になりましたが、僕がこの作品から受けた正直な印象です。 この作品がいいのかどうなのか、優れているのかどうなのか、それについては僕には判断できません。 何か、こう表現しがたい作品です。 それでは、また。 2001.1.25 |