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▼ 第27回投稿作品 ▼


 今日は待ちに待った鈴江さんとのデートだ。日曜日の午後。5月のとても爽やかな 季節。 快晴。デートにピッタリだなぁ、楽しいなぁ。

 僕は安月給のサラリーマンで安いぼろい二階建てのアパートに住んでいる居るけれ ど、彼女は 大会社の重役を父に持ち、とても裕福な家庭の子女。とてもキュートで美人でスタイ ルが良くて 頭が良くて一流大学を出ていて一流会社に勤めていて、俗に言う才色兼備。 僕なんかには勿体ないといつも思うんだけど、 僕たちは相思相愛なんだ。僕には彼女がとても自慢。一緒に並んで歩いているとき、 他の男達が彼女に浴びせる熱い視線を見るたびに僕の自尊心は膨張する。
 どうだ、羨ましいだろ。
 どうやって彼女と付き合うようになったか、この世のもてない男性諸君にはさぞや 興味の あるところだろうけど、僕たちの出会いについては内緒だね。そんな俗世間的な興味 の的で 見て欲しくないしね、僕たちを。

 今、山手線の電車の中。家族づれや若いカップルが多い。空きのシートがあるのだ けれど、 何かウキウキしていて、座ってられないんだなぁ。まさに、いても立ってもいられな い、ていう 気分。
 陽気になったときの癖で、ついつい大きな声で替え歌を歌ってしまう。

♪お魚くわえたドラキュラ
 追っかけて
 生き血を吸われる
 愉快な鈴江さん♪

 歌を歌い空きシートに座ったり立ったり繰り返しているうちに電車は目的の駅に着 く。 改札を抜けて、駅前の公園。大通り公園の中央にある噴水の前で1時に待ち合わせ。
 鈴江さん、来てるかなぁ。あ、鈴江さんだ。約束通り、噴水の前。膝まで噴水場の 水につかり、 噴水場中央にそびえる水の噴き出し口の真ん前に立っているものだから、鈴江さん、 びしょ濡れ。
 薄手の白いワンピースなものだから、下着が透けて見えている。服がぴったり体に ついているもの だから、彼女の見事なラインの露出度が100%に近い。でも興奮しちゃ、いけない、い けない。

「お待たせましたか?」
「いいえ、私、来たばかりですの。」
「そうですか。実は私も今、来たばかりです。」
「あら。そうでしたの。良かった。」
 二人で交わす微笑みが楽しい時間の始まりの宣言。
 彼女は噴水場からざぶざぶ音を立てて出る。噴水場の塀を跨ぐ 彼女の手を貸しながら僕は言う。 「びしょ濡れですね。」
「陽気がいいもの。歩いているうちに乾いてしまいますわ。」
「そうですね。」

「鈴江さん、早速ですがお食事でいいですか?」
「ええ、もうおなか、ペコペコ。」
 おなかを両手で押さえてにっこり僕に微笑みかける。なんて愛おしいんだろう。彼 女を抱きしめたい衝動に駆られる。 でも、がまん、がまん。
 昨日、本屋でデートコースを調べてきたので、今日の進行はバッチリ。頭の中にた たき込んできたからね。

 駅前の公園をかすめる大通り沿いに10分くらい歩いたところに、お洒落なイタリア 料理店があって、 そこに彼女を連れて行くんだ。ここのシーフードパスタが最高だって評判なんだな。
 この店、ちょっと値段が高いんで、いつも混んでいない。貧乏人の自分には辛い出 費だけれども、 いずれは彼女と結婚するつもりだから、このくらいの出費はがまん、がまん。
 テーブルに付きメニューを広げる。メニューを2人で見ながら、ここの店はシー フードがお勧めなんだよ、 と知った風に話す。あらそうなの、ではそれでいいわ、って答え。予想していたけど ね。僕の意見を 尊重してくれるんだ。
 グラスに水を入れて一端下がったボーイが少し間をおいて再び、僕たちのテーブル のもとに来る。

「シーフードパスタを2つ。」
「シーフードパスタを2つでございますね。かしこまりました。」
 ボーイがオーダーを受けて下がり、食べ物が出てくるまで、さあ楽しい楽しいお喋 りタイムだ。
「これから料理が出るまで12分程度かかると思われます。で、この時間を利用して、 昨日、僕の考えた ストーリーをお話したいと思います。」
「まぁ、素敵。聞かせて、聞かせて。」
 彼女の目がきらきらと輝く。なんて素敵な瞳をしているんだろう。宝石店に飾られ たどの宝石よりも美しく、 そして気品に満ちている。
 僕は一介のサラリーマンだけれども、それは仮の姿。実は売れっ子作家になる予定 なのだ。そのことは 彼女に話しているし、彼女も僕の才能を信じてくれているのだ。
「子供向けの勧善懲悪物です。地下奥深くにある秘密結社「パオパオ」は世界征服を 企む悪の一味。 結社はピカピカ大魔王という悪者が作った物なのです。
 ピカピカ大魔王は子犬に似ています。愛くるしい丸い目と可愛い声、ぎざぎざの尻 尾をしていて、 自分の愛らしいキャラクターをテレビに売り込み、すっかりお茶の間の人気者になり ます。
 そして、ある日、本性を現します。彼の武器、ピカピカ光線を全身から放つので す。
 テレビ放映中、突然、ピカピカ大魔王の全身がピカピカと光ります。この光がとて も眩しくて、 目を開けていられないほどなのです。テレビを見ていた子供達はテンカンを起こすの です。 めまいを起こして子供達はお茶の間で倒れるのです。それだけではありません。 視聴者から沢山の苦情がテレビ局に寄せられ、テレビ局はパニックになります。」

「まぁ、何てひどいの。」
 彼女はハンカチを取り出してすすり泣き始める。彼女の反応に満足して話を続け る。
「そこで、立ち上がったのはバケモン。正式にはバケツモンスターと言って、パオパ オの悪事を 知った正義の子供達が、道ばたで拾ったモンスターの卵をバケツに入れて育てるので す。
 主人公はタケシ少年。小学三年生です。彼と彼の育てるアルチュー、ニコチュー、 そしてヤクチューの 3兄弟のモンスターがピカピカ大魔王に戦いを挑みます。彼ら3兄弟は人間時代に は、それぞれサラリーマン、 やくざだったりするのです。
 アルチューとニコチューはもともとは中年のサラリーマン。モンスターとして成長 した今も 見た目も人間時代と同じ。背広姿で、頭が禿げています。彼らはサラリーマン生活に 疑問を抱き モンスターとして復活する道を選んだのです。
 そして、ヤクチュー。彼は元やくざ。体中に入れ墨が入っています。彼も切った 張ったの世界 に疑問を抱き、人の役に立つことをしたいと思いモンスターとして復活する道を選ん だのです。
 彼らは、正しい子供に拾われることを祈りながら、自らの意志によってモンスター の卵となり 子供達の通学路に転がりました。」
「まぁ、素敵。」
「アルチューは敵にくどくどと絡んで敵の動きを阻止します。得意な攻撃は馬鹿 野郎攻撃で、 『馬鹿野郎、おまえの○○が気に入らないんだ』、の○○にいろいろなものを無限に 代入し、 相手の注意を引きつけます。
 しかし彼には弱点があるのです。突然、手がぶるぶる震え出し暴れ始めます。そう なってから 至急、アルコールを摂取しないと彼は倒れてしまうのです。
 ニコチューは口から臭い煙を吐きながら、意味不明のことを言って相手を混乱させ ます。 彼の得意技はところで攻撃で、『空を見上げりゃ今日は晴れざんす、ところ で、私、 実は渡米してアメリカ大統領に立候補しようと思ってまして、しかし、今晩はこの天 気で雨が 降るそうですわ。』などと言いながら、相手を煙に巻きます。 この攻撃で相手は混乱し、注意力、判断力の低下をまねきます。
 しかし、彼にも弱点があります。突然、手がぶるぶる震え出し暴れ始めます。そう なってから 至急、煙草を5本、立て続けに吸わないと彼は倒れてしまうのです。
 そして、とどめはヤクチュー。ヤクチューの得意技は注射攻撃です。 ヤクチューはさまざまな薬品を相手に注射して攻撃します。ヤクチューはアル チュー、ニコチューの 攻撃で注意力が散漫になった敵の背後から薬物を注射して敵を動けなくしてしまうの です。
 敵が無防備になると、タケシ少年、そしてモンスター3兄弟は敵を袋にして、再起 不能にします。
 しかし、ヤクチューにも弱点があります。予想が付くでしょうが、突然、手がぶる ぶる震えだし、 そして、暴れ始めます。そうなってから至急、ある危険な薬物を注射しないと彼は倒 れてしまいます。 注射針の狙いが定まらず、敵ではなくてタケシ少年に注射してしまったことも あります。タケシ少年は口から泡を吹いて倒れるのですが、運良く一命を取り留めま す。味方を 誤って廃人にしてしまったこともあります。

 こうして、ピカピカ大魔王の繰り出すモンスターを主人公の少年とアルチュー、ニ コチュー、ヤクチューは 互いに協力しあいながら倒していきます。」
 多少、設定が過激かもしれないが、本質的なことに目を向けないと、この物語の持 つ寓意性を見失って しまうことになる。まだ社会性というものを充分に認識していない少年が反社会性と いうものに対峙するということ。 それから反社会的な因子を持つ人間が更正するためには、反社会性をうち消すために 組まれた強制的、非人間的なプログラムの中に置くというよりは、積極的にそれらを 武器にしてみながら 更正させるという試み。否定は破壊的でこそあれ建設的ではなく、肯定することに一 条の光があるのではないか。 これらについて教育的、社会的、哲学的な問題提起を行っているのである。
 表面をかすめただけの解釈とも呼べない解釈でガアガア吠えるPTA的な人には、 高尚すぎて理解できない と思うけどね。 「そして、いよいよピカピカ大魔王との対決します。」
「まぁ、それからどうなるのかしら。」
「それからは....」

 それから5分くらい、夢中になって、ピカピカ大魔王との対決を彼女に話す。彼女 も熱心に聴いてくれる。 だから尚更、自分もいっそう、熱が入ってしまう。

「話は以上です。」
 時計を見ると、話を始めてから11分ほど経っている。1分短かったな。しかし運良 くパスタが テーブルに運ばれてきた。
「わたくし、おなかペコペコ。早速いただきますわ。」
 麺を器用にフォークで巻き取って口に運ぶ。お見事。僕がやると、フォークに巻き 付いたパスタが 不器用な大型の団子になってしまうんだ。この辺も課題だよなぁ。いったん巻き取っ た麺を皿の上に戻して きれいにフォークに巻き付けようと悪戦苦闘を繰り返していると、
「このイカ、蛸みたいな味がしますわ。」
 そう、ここで、得意がって自分の知恵を披露することもできる。しかし、それは貯 蓄の ない人間の醜さが出てしまって無様なことに人は気づくべきだ。 だから自分はそうではない人種を証明するために、 あえて別の表現方法を使う。
「ああ、それはね。」
 僕は少し物憂げに、そして伏し目がちにややはにかむような表情で続ける。
「蛸壺でとれたイカだからね。」
 穏やかではあるが、しかし、一言一句を雪の上に残す足跡によりしっかりと刻みつ ける。
 彼女の、先生の教えを請うような表情を見て満足する。
「イカはね、自分の置かれた環境に適応するために、自分の姿、形、味を変えるんだ よ。
 これを生物学ではイカの異化作用と言うんだ。」
 ぷっ、と彼女は吹き出す。口の中の物が少しばかり僕の手や皿の中やテーブルの上 に飛び散った。
「あら、可笑しい。」
 彼女、上品に手で口を覆って笑う。さすがに良家の子女は育ちが違うな。そこらの あほ面した若い 女達ときたら喉の奥まで見えそうなくらい口を開けて笑うからね。
 そう思いながら、彼女から放たれた未消化のパスタを、自分の皿から一つずつ手で 摘んで 取り除き床に落とす。
「面白いのね。でもそれを言うのなら同化作用というのじゃないかしら。」
「そうだね。」
 今更ながら彼女の頭の良さには舌を巻く。
 この話は生物学を勉強している学生の友達の受け売りだから、あまり話を延ばすと ぼろが出そうだ。 話題を変えて、これから行く遊園地の話とかで場をしのぐ。
 夢中で喋っているせいで、彼女がすっかりパスタを平らげてしまったことに気が付 いた。 僕はパスタと悪戦苦闘していて、まだ半分も食べ終わっていない。 みっともない姿を見せていて彼女に愛想を尽かされるのも嫌だし。
「ああ、僕、もう満腹になっちゃった。」
「幸夫さん、お体の調子が悪いんでらっしゃるの?」
 心底、心配そうに僕の顔を伺う。
「いいや、昼を食べたばかりなので、あまり食欲がないんです。」
「でも......。小説を書く人って、ストレスが多い上に嗜好品を好む人が多い ので、 癌になる人が多いって聞いていますの。幸夫さん、私に何か隠してはいませんの。 正直におっしゃって。」
 彼女のトーンはクレッシェンドで上がり、最後尾はフォルテシモで目には涙を浮か べている。 噴水を浴びて水滴のついている体と涙が一緒になって、彼女が液体になって 流れていってしまうんじゃないか、とさえ思った。 彼女を苦しめてはいけないのだ。
「大丈夫ですよ。僕は至って健康です。この前、健康診断を受けましたが、 血圧も正常ですし、内臓に疾患もありません。腋臭と足に水虫がある以外は健康その ものです。それに」  安心の上にさらに安心を積んで、これからの生活に希望と期待を持たせることにし よう。 「僕は今、健全な社会人として、規則正しい生活をしています。作家が不健康である のは 自分自身をコントロールしようとしないからです。曰く、芸術のためには不健康であ るのは 当然なのだ、不健康という土壌から小説は実を結ぶのだ、徹夜で酒を飲み、妾をたく さん持ち、 反社会的な経験、環境から小説の題材を得るのだ。しかし、僕に言わせればそれは世 間への 甘えでしかないのです。
 僕は作家になっても今の生活のリズムを守ります。朝7時に目を覚まし、朝食をと り 新聞に目を通します。そして、書斎で9時から夕方5時まで執筆をします。夜は家族 と 食事をとり、テレビを見ます。土曜日、日曜日、祝日には家族とともに動物園に行っ たり、 ドライブしたりします。
 出版社から仕事が来たときには、納品までのスケジュール計画を立てます。それは 9時から5時まで働くということを前提に立てる計画です。もし、出版社から無理な 要求があったときには、納期の延期や残業代の請求をします。また、1週間に1回、 必ず進捗会議を持つようにして、進捗状況や問題点の報告を行います。
 作家にはこうしたマネージメントスキルが必要なはずなのです。」

「そうでしたの。私ったら取り越し苦労をしてしまったようですわ。恥ずかしい わ。」
 彼女の目は誰かがカーテンを開けたように元の明るさを取り戻した。僕がしっかり とした ビジョンを持っていることが分ってもらえたはずだ。才能だけで自分を持ち崩す人間 とも 一線を画している、というわけである。自分で言うのも何だけどね。 「そろそろ出ましょうか?」
「ええ。」

 それから遊園地に行き、ジェットコースターに乗ったり、木馬に乗ったり、ソフト クリームを頬張ったり、 屋台の焼きそばを食べたり、その他、あるものをありったけ楽しんだ。

「今日はとても楽しかったですわ。」
 彼女はそう言いながら、僕の左手にしがみ付くようにしなだれかかってきて、 僕の耳元に囁く。彼女の言葉に体重まで上乗せされたので、世界中が自分を祝福して いるように 有頂天になってしまう。無意識のうちに 得意になったときの癖でついつい替え歌を大声で歌う。
♪お酒を加えたどら焼き
 食べかけて
 裸で裂けてく
 愉快な鈴江さん♪
 彼女の眼に驚きと賛美と笑いが混じり合って溶け合って、それに僕への愛が加勢さ れて 最大級のハートマークになるんだね。
「あら、その歌、とても面白いですわ。私にも教えて下さいな。」
「勿論ですとも。」
 僕と彼女は手を組みながら大声で歌を歌いながら帰りの途に付いた。




 
  作 こややし 

 



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