投稿小説コーナー     






 




▼ 第11回投稿作品 ▼



前略。
いつもお世話になっています。那田野狐です。
ちょっと怖い話を投稿するつもりでしたが、組んでいたプロットが書くと意外に つまらなかったことに気が付いて、急遽昔の怖い話をリメイクしました。(爆) なお、一作目から続けて読まないと判りにくいオチがあるので一作目も同時に投 稿させて頂きます。
タイトルはどちらも「九龍館」です。
ではでは




『九龍館 幻夢』


「雨か・・・」
 しんと静まりかえった暗闇のなか、窓の方から微かに聞こえてくる音が、雨が 降りはじめたことを告げている。
 カチンという金属音と共に暗闇に炎が揺らぐ。深い深呼吸。煙草特有の光が漆 黒の闇に映える。

「こんな辺鄙な所にようこそ。私、当九龍館の百二十代目の当主九龍幻と申しま す」
 この館の当主を名のる頬の痩せこけた青年が、晩餐の席上で言った言葉が今更 のように思い出される。
「辺鄙なところ、か。住んでる本人が言っていれば世話無いが、あんな綺麗なメ イドと一緒なら気にならないよな」
 この屋敷を訪れた時に出迎えてくれた、この世の造詣物とはとても信じられな い美しい女性の微笑を思い出す。
「ということは、頬がこけているのはナニのせいか?」
 不粋な妄想に下品な笑い声が自然に出てくる。
「しかしよくこんな所に住んでられるな。やってくる俺も・・・」
 と口に出したところで頭の隅に引っ掛かっていたシコリが氷解した。
 私は・・・どうやってここに来た?なぜここにいる?
「か、金縛り?これは・・・」
 シコリが氷解した途端、全身が押さえつけられたように動かなくなる。
「くそ!動け」
 呪縛から逃れるべく、必死の思いで指先に力を入れる。
 だが、なぜ金縛りに遭うんだ?ベットに腰掛けている状態で金縛りに遭うなん て聞いたことないぞ!
 そんなことを思いつつ、指先に力を込めた途端、不意に手のすべての爪に鋭い 痛みが走り、不気味に軋む音が響いてくる。
「な、なんだ?」
 必死の思いで手を、指を見る。
「つ、爪が」
 目の前で起きている現象に、我が目を疑った。
 爪が、自分の手の爪が、不気味に軋みながら剥がれる。
 爪が無くなると皮膚が、爪のあったところを起点に、火で炙られたスルメのよ うにくるくる丸まりながら剥けてい く。
 皮膚が剥がれるたびに筋肉が露出していくが、痛みというものがまったくない。  腕の皮膚のあちこちが断裂し、包まった皮膚が闇に弾ける。
 目の前を髪の毛が房となって落ちていったことで、皮膚の剥げ落ちが全身に広 がったことを意味していた。
「動け!」
 ピクピクと脈打つ自分の腕の筋肉に向かって意識を集中させる。
 ブチッ
 胸が悪くなる嫌な音が響き、筋肉を包む毛細血管が筋肉からきれいに剥ぎ取ら れる。
 毛細血管が視界から消えてなくなると、今度は筋肉が、広がり、ほつれ、裏返 る。
 ミカンが入っている赤いネットをひっくり返しているような錯覚に捕らわれる。  ボトッ
 今度は水をタップリ吸い込んだズッシリと重たいものがこぼれ落ちる音が響く。  水気のある重たいもの・・・何が落ちたのか、容易に予想がつく。
 動けないから確認は出来ない。いや、確認なんかしたくない。
 だが無情にも、音の正体は確認できた。
 筋肉という支えを失った眼球がこぼれ落ち、床に散らばる臓器を視界に捕らえ たからだ。
 人間という器を失ってなお動き続ける臓器。一滴の血も床に流れ出していない のが狂気を誘う。
「た、助けてくれ!」

 どうやら私は眠っていたらしい。
 全身がぐっしょりと汗に濡れ、冷たい。
 やっと思い出した。
 ここに来た訳を。
 怪奇現象の起こる館。
 わたしはここに、仕事で・・・取材で来たのだ・・・のだ。
 怪奇現象は起きた。夢という記事に出来ない体験だったが、この館だから見た 夢なら、頼まれたって二度とこの館には泊らない。
 そう思った途端、強烈な睡魔が襲ってきた。
 わたしは、なんのためらいもなくベットに潜り込むと、同じ夢を見ませんよう にと呟きながら深い眠りへと堕ちて いった。

 わたしが次に目を覚ましたのは、扉を軽くノックする音であった。
「どうぞ」
 眠気混じりのためか、別人のような声で返事をしてしまった。
「お休みのところ申し訳ございません」
 扉の向こうの声に、わたしは愕然となった。なぜなら、その声には聞き覚えが あったからだ。
「わたくし急な仕事があるのを思い出しまして、失礼だとはおもいましたが、寝 室にて挨拶させていただきます。
お世話になりました。九龍館百二十一代目当主。九龍 幻さん」
 扉のことろで頭を下げているわたしを見て、わたしは、怪奇現象が起きたのを 認識した。





『九龍館 白夢』


 夕方に降り始めた雨は夜半を過ぎたいま大雨になっていた。しかも雷鳴が時々 その存在を誇示している。
 男はいまの状況に閉口していた。近道だからといって峠越えに旧道を使ったの だが、山を越えた辺りでバイクの両輪がパンクしたのだ。
 妙な事に、直しても直してもパンクは発生し、リペアキットが底を尽いたとき には男の気力も底を尽いてしまった。
「くそ!なんで250のバイクがこんなに重いんだよ…え?」
 男が十三度目の悪態をついたとき、男の視界に人工的な光が飛び込んできた。 「人家?」
 不意に雷光が天を駆け、男の前に古びた洋館を浮かび上がらせる。
「ラッキー!これで最悪雨がしのげる」
 男は尽きかけていた気力を奮い起こし、洋館までバイクを押していく。
「すいませ〜ん。誰かいませんか!」
 男は扉についた獅子のドアノッカーを鳴らしながら叫ぶ。
「どちらさまですか?」
 まもなく扉が内側に開き、中から古い洋館に相応しい、大正ロマンを彷彿とさ せるメイド服の女性が出てくる。
 恐ろしく透けた白い肌。端整な顔立ち。漆黒の黒髪。高級な黒い髪のフランス 人形を連想させた。
「すいません。この雨にバイクもパンクして難儀しているものです。雨が止むま ででかまいません。軒先を貸しては頂けないでしょうか?」
 男はペコリと頭を下げる。
「バイクを軒先に入れたら、少々ここでお待ち下さい。主に聞いてまいりますの で…」
 メイドは静かに部屋の奥へと消える。
 男はバイクを軒先に移動させるべく外にでる。
「山奥にこんな屋敷を構える人物っていったい…」
 男はバイクを軒先に入れると、再び洋館の中に入る。
「どうぞ」
 先程のメイドが、男にタオルを渡す。
「サンキュー」
 男は手渡されたタオルで濡れた顔を拭う。
「主がお会いしたいと申しております。こちらへどうぞ…」
 メイドはホールの奥へと男を案内する。
「お連れしました」
 メイドは扉の前に立つと軽くノックする。
「どうぞ」
 メイドの声に呼応するように扉の向こうで声がする。メイドは静かに扉を開け た。
「失礼します」
 男は小さく頭を下げて部屋の中に入る。
 部屋の中で男を迎えたのは、頬の痩せこけた、身なりのきちんとした青年だっ た。
「雷雨の中、九龍館へようこそ。わたくし、百二十一代当主九龍幻と申します」  九龍幻と名乗る館の主は男に右手を差し出す。
「あ、俺、」
 握手をしながら男は自己紹介をしようとしたが、館の主はそれを左手で制した。 「だいぶ体がお冷えのようだ。風邪をひかれる前に、風呂に入ったほうがいい。 自己紹介は、食事の席でお伺いしましょう」
 館の主は机の上にある銀色の鈴をチリチリと鳴らす。
「お呼びでしょうか?」
「お客人を浴場に案内してくれ」
「…かしこまりました。どうぞ」
 メイドは表情を変えることなく男の前に立つ。
「では後ほど…」
 館の主は、薄い微笑を浮かべた。

「広いな〜」
 男は、案内された浴場の広さ、豪華さに感心していた。
「20分前に比べたら天国と地獄の差だよな…これであのメイドさんに背中を流 してもらえれば最高なんだがな〜」
 げへげへと卑下た笑い声をあげならが、男は風呂桶に湯を汲んで勢いよく被る。結構熱いが、我慢できないほどではない。
「ふ、うあ〜」
 男はゆっくりと湯船に身を沈めると同時に唸る。頭の芯が痺れるような快感が 雨で冷えていた全身を駆け巡る。
 つくづく自分が日本人であることを痛感する。
「旅ゆけぇばぁ〜てか?」
 男は頭に乗っけていたタオルに手をのばす。
 ボチャン
 何かこう、大きくて重いものが湯船に落ちる音がする。
「なんだ?」
 男はつぶっていた目を開けて音のしたほうを見る。
「は、え?」
 男は自分の目を疑う。そこには、真中の三本の指先でつながった右手のひらき が湯船に漂っていた。
「なんか、見覚えが…」
 そこで男はハッと気が付いた。あの右手のひらきには、数年前事故で負った自 分の右手と同じ所に傷があることを…
「おい!」
 男は恐る恐る自分の右手を見た。
「う、うわぁ〜な、なんだ!」
 男は、一片の肉塊もついていない自分の右手の骨を見て悲鳴をあげた。
「いったいなんだ?」
 慌てて男は右手のひらきに左手をのばす。しかし左手は水に溶ける角砂糖のよ うにドロドロと溶けはじめていた。
「なんじゃこりゃあ?」
 男は骨だけとなった両手を見る。そのとき骨を通して自分の下半身が同様に溶 け出していることに気が付いた。
 皮膚と筋肉の支えを失って、広い湯船に、男の大腸や小腸が水藻のように揺ら めき、肝臓、膵臓、胃袋、脾臓といった臓器が蠢く。
「うげぇ」
 男は湯気に含まれる強烈な臭気に吐き気をもよおす。
 湯船に漂うピクピクと動く心臓が、肉体溶解が胸にまで及んでいることを告げ ていた。
「はっ」
 ふと男は、これだけの事が起こっているのに苦痛がまったく無いことに気が付 いた。
 これは夢?ふと、そういう考えが男の脳裏を掠める。
 そう割り切ると人間は現金なもので、男は、事の成り行きを楽しむことにした。  ボチャン…
 眼球が湯船にダイブする。
「気が付かねば…哀れな…」
 男の耳に館の主の声が聞こえてくる。
「なんだって?」
 男が叫んだ途端、男に猛烈な痛みが襲いかかった。

「なあ…捜索届けは三日前なんだろ?」
 警察の制服に身を包んだ中年男性は、目の前にあるものに向って両手を合わせ る。
「ええ…それどころか、三日前に目撃されているらしいですよ…」
 隣にいた青年は手に持っていた線香をそっと地面に置く。
「一体何があったんだろうな…」
 二人の前には横倒しになったバイクがあり、そのバイクには真新しい白骨がき ちんとした姿勢でまたがっていた。




                               END


 


                            1999.12.18










@ 戻る


@ 感想コーナーへ

那田野狐さんへの
感想、質問などはこちら
E-mail


このページは GeoCitiesです無料ホームページをどうぞ