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▼ 第14回投稿作品 ▼





よわきものへ



耽美窮まりない愁いが下は胎児から上は寝たきりの老婆まで
等しく響ける流麗と大評判な中性的端正と
例えば赤子の寝返りも微笑ましい豪奢な揺り篭を
暴力家政婦の突発的憎悪によりさながら嵐の日本海の様相
を表す程に揺らせる手間と同程度に世界経済の流動を
日頃より掌握する複合企業体の最高位に身を置く
父親の国政的経済力の庇護恩恵に預かれる息子と云う
この僕が何故、この僕が何故も只のオフ会に
御身を現す事が出来ない

「どうしたの公彦?ディスプレイの前で伏して
 頭を抱え込む五指の内、小指がFキーの『http://』を
 押さえているの?画面の白枠に雄叫びの様に
 奔出し続ける『http://』が掲示板の
 テキスト入力フォームを塗り潰してゆく様は
 端目から見ていてとっても不気味でサイコよ。
 それが貴方の苦悩を表しているとしても間違っても
 送信キーをクリックするわけにはいかないでしょう、
 そんなに『http://』ばかりが続いても何処にも
 繋がらなく何処にも行けないのよ。どうしたの公彦?」
「ママ…嗚呼ママ」
 毎度毎度何時の間に勝手に僕の部屋に
 入らないで欲しいと云う注意をそうね公彦も年頃かしらねと
 頷きなからもそれは母親としてのゼスチュアに過ぎず
  又勝手に僕の部屋に
「あらあら御免なさいねぇ公彦。お茶の時間だと云うのに
 ちっとも、降りてくる様子では無かったものだから
 心配になったのよママ。つい公彦を伺いに出向いたら
 あなた…何度も扉を叩いて呼んだのに、ちっとも
 応えてくれなかったじゃない…ママったらねぇ、
 ナイーブの中にあって尚繊細な公彦の心根が
 何か良からぬ目にでもあって沈黙しているのかしらと
 思わず扉の鍵を解除してみたわ」
僕はママの言葉に驚いて目を見開いた。
やはりママはママ、僕の全てを見抜いては逃さない。
日頃から『困った時は何でもママに相談するのよ』等と
限りない慈愛の表情をもって伝え続けられて育てば
時に男児の立身と云う自我確立についての
つまる処は反抗期を人並に迎えては乗り越えるべきなのに
ママの愛情と云う名の呪縛は常に小さな僕を離さない
「いつも、何でもお見通しなんだね…うん。実は今、
 ママの指摘した様に困ってしまって」
「まあまあ公彦…これは?」
足音も立てず公彦の座する豪勢な重質感を構えた
書斎机の背後へ移動する母親。卓上の25型モニターには
先刻指摘したままに『http://http://http://…』と
狂気にも似た掲示板のテキストフォームが見られる
「ここは掲示板だよママ。僕は先月の半ばから知り合った
 ネット仲間のみんなにオフ会に誘われていたんだ」
「まぁオフ会?それはどの様な集いなの公彦?
 良くない人の集まりじゃあ無いでしょうね?」
モニター前のキーボードへメランコリそのままに
顔を向ける公彦。力無く首を2度振り
「そんな事は無いと、思いたいよ。知り合った頃は
 みんな優しくて親切で、とても感激があった。
 僕はネットを始めた事によって互いの何の束縛も無い
 解放を手に入れた気分で自由にネット世界を謳歌して
 ほんの些細な事でも、豊潤な人生の経験の価値でも
 分かち合い、交流していけた筈だったんだ…けど
 僕は、僕の身分ではやってはいけない事だったのかも
 しれない。今はとても恐い」
キーボードを挟む位置に両肘をつき細く華奢に伸びた指で
己の歪みを隠すかの様に両手で顔を塞ぐ公彦
「まぁまぁ公彦…恐れる事は無いのよ。それで?
 ママに続きを聞かせて頂戴な」
公彦の角度−70度気味な落肩に遅く滑らせる様に
指を添えて母親が慈母であろうとする。
その母に光明を受け授かろうと吐露する公彦の小さな口
「僕が、僕が旅行に行った時の事やパパに買って貰えた
 プレゼントの話をしたんだ。ハワイの別荘の事や
 友達のジルドレイの事や(公彦のペット・用水池で飼育)
 …とても、大切な事で大好きな事を伝えて、
 きっと僕は僕を伝え表したかったんだと思う。
 そうして輪の中へ行きたかった。それだけなのに」
「『輪』?」
「掲示板では顔馴染み…と云うより文馴染みの皆が
 仲良さそうに語り合っているんだ。偶然辿り着いた
 ホームページの掲示板だった。
 主にネットに不慣れな人を対象とした出会いの場所として
 訪れた人々に交友を広めてもらう為の掲示板だよ。
 僕は自己紹介するように一緒に書き込みをしていた
 皆から求められたから…だから正直に書き込みした
 筈だったのに…なのに」
「公彦や、落ち着いて頂戴。震ている…
 落ち着いてさあ、続けて頂戴」
「皆は小市民に過ぎない、僕は特別な環境にあると云う事を
 失念していた。みんなは返事したよ
 『お前はリアル・トムピリヴィだ』とか
 『君の創作はリアリティの欠如と幼年的な文体が
 下らなく感じられる場合もあるが、最大の欠点は
 オチが無い処だと思うよ』なんて…誰一人として
 僕の生活、その環境にある僕の感動を
 信じてはくれなかったよ…ママ!悔しくて辛くて
 僕はムキになっていたんだ」
「どうしたの?何を脅えた顔になってしまうの」
「オフ会に呼ばれたんだよ。そこで僕は現実に皆と集い
 僕の言葉の証明をする約束を、したんだ…
 接続を切ってから少しして事態に気付いた。
 僕は恐いよ、ママ…僕にとって酷い返事ばかりを
 返してきた人達と現実に逢わなければならないなんて、
 心の方でキリキリってする感じなんだよ!
 どうしようママ?きっとあの人達、
 僕に意地悪したいだけだと思うよ」
「…どうして、そう思うの?」
「だって、だって」
言葉を待たず母親が椅子から不安そうに見上げる
公彦の頭を大切に、大切そうに両腕で包む。
赤子に言い聞かせる様に
「大丈夫よ公彦、大丈夫なのよ…ネット世界の出来事など
 何も気にせず安心なさい。貴方が自分から
 公共の場に於けるモラルを汚さない限りは
 決して貴方に非の一切は無いのよ。大丈夫だから」
「でも僕、掲示板で随分みんなに傷付けられたよ…
 もう二度とあそこには行く勇気が無いよ」
「公彦は他に何か言い返さなかったの?怒ったんでしょう」
「出来なかったよ、そんな事。皆の返事のどれもが
 とても言葉の暴力に思えた時、僕は恐くて悲しくて
 何も返す事が出来なくなって逃げたんだ…
 そうさ僕は逃げた!二度とあそこに行く事は無い!」
「そんなに心傷付かないでいいのよ。
 文章に添付された感情の表現は、その文を作成した人の
 例え一時的な憤慨でも読み手である公彦に
 強烈な印象をもって残留しているでしょう。でもね、
 きっと公彦に返事をした人々は
 まさか公彦がこんなにショックを受けるだなんて
 思って無かったのよ。形骸化されてしまう感情に
 繊細な公彦は耐えられなかったのね」
「ママは…優しいんだね。そんなふうに言えるなんて」
「公彦も返事だってちゃんと出来る筈よ。
 ムキにならず、どうか落ち着いて頂戴。
 公彦の優しさがいけなかったのかもしれないわね…
 相手を傷付けてしまう時、公彦も傷付いてしまう。
 相手の事を認められる時、公彦も己を認められる。
 公彦、貴方は自分が特別である事を弁えながらも
 それを決して当たり前の様に振り蒔いてはいけないわ。
 むしろ自分を卑下なさい」
「卑下って…どうして、そんな事するの?」
「ネットで自分の精神領域が肥増化してゆくと
 相手への心釈を失い易いからよ。傷付けられた公彦なら
 もう判る筈よ、傷付ける事の無様さが」
「…うん。僕はそれさえもコンテンツの一端として
 形骸化されてしまう自分の感情の留まりが
 読み返すと、とても恥ずかしい気分になる」
「そう。恥ずかしいの?なら公彦も
 もう大丈夫よ…公彦が必要以上に己を晒け出さない限り
 公彦の現実には何も心配する事なんか無いんだから。
 ハッカーだのクラッカーだのいう人が公彦の事を
 意地悪しようったって、パパの力でどうにでも出来るわ。
 万が一にも公彦に危険が及ぶ様な事になったって
 好きな様に仕返し出来るのよ…パパにも知らせる?」
「今はいいよ。僕もママに話して
 随分と落ち着いてきたから、もう大丈夫だと思うよ」
「良かった…そうそう、例のオフ会って、どうするの?」
「行かないよ。僕は自分をそこまで主張しては駄目だって
 思えるから。所詮庶民には僕の欠伸の様な日常でさえ
 夢物語なんだ、レベルを考慮してあげなきゃ
 あの人達も、僕もかわいそうだよね?ウッフフフフ」
「まぁ…成長したのね公彦。ママは嬉しいわ!
 でも公彦、もしも困った事があった時は
 一人で悩んじゃ駄目、すぐママに相談するのよ」
「わかってるよママ!ようしこれから早速
 根拠の無い誹謗中傷的な阿呆共の返事に
 道化として皆の深層の期待に応えるキャラになって
 『今までのは全部ウソでした〜〜〜!ゴメンナサイ!』
 演じてみせるぞぅ!待ってろよぅ愚俗で狭量な視野でしか
 相手を計る事のできない下層シチズンめ、
 せいぜい僕の虚像と踊るがいいさ!ウッフフフフ!」
母親は狂喜とした息子に声をかけず部屋の扉を閉じる。
焦茶色の絨毯をしずしずと歩み去る


公彦35才。夏を未だ知らず











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