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▼ 第17回投稿作品 ▼





 テノヒラノナカノ…… 〜MOMO〜  


 

 むかしむかし、いえ、そう遠くない未来。
 あるところ、そうですねぇ、山々に囲まれた地方がいいでしょうか。
 おじいさんとおばあさんがいました。
 この二人、所帯を持ったが子どもに恵まれず、おじいさんは精魂尽き果て黄昏で途方に暮れる毎日。
 季節はめぐりめぐり、ある日のことです。

「おや。」
 朝早く家を出たおばあさんは、老眼極まりない目を川の奥へと進めます。
 川から流れてくるのは、おばあさんのあたまを一回りも二回りも大きな桃。
 しかし、おばあさんは手を伸ばしましたが、桃まで手が届きませんでした。
「ばばあはイヤか。」
 おてんとさまを見上げるおばあさん。
 また今度も桃が流れてきます。
 おばあさんは今度は手が届きそうなので、桃に手を伸ばします。
 しかし、おばあさんのものを見る目はくるっていなく、桃が腐っているので手にとりませんでした。
「腐っていない部分もあるが、おじいさんとの分け前が減る。」
 また今度も、桃が流れてきます。
 ですが、今度も桃の実は、今までの桃とは違って両手におまるほどの大きさ、淡い桜色を浮かべる蓮の葉の上に乗り川を下ってきます。
 おばあさんが桃をとろうとすると桃が勝手に、宙に浮き、おばあさんの手のひらにおさまります。
「これは不思議な桃じゃ。」
 おばあさんが手にとり太陽にかざせば、暁よりもなお眩くではありませんか。
「おはようございます。
 私を食べれば尽きる事無き、無限の美貌と永久の命が手に入ります。
 私をあなたの大切な方の前で割って食べれば、三代遊んで暮らさせるだけの富が得られます。」
 すると桃は人間の言葉でしゃべるではありませんか。
 とてもやさしくやわらかい声。
「私を手にした時点であなたは無限の選択肢を得たといっても過言ではないでしょう。」
 しかし、おばあさんの耳は遠く、桃の声など届きもしません。
 おばあさんはさっさと洗濯を切り上げて家に戻りました。

 家に帰るとおじいさんの姿がありました。
 しかし、いつもと雰囲気が違います。
 そうです、おじいさんは山で柴刈りを行ったはいいですが、途中で足首を捻ってしまいなくなく家に帰ってきたのです。
「大丈夫かい。」
「すぐに歩けるようになる。」
「そういうわりにはすぐ帰ってきたようですが…」
 桃がおばあさんの手のなかで茶々を入れますが、二人の耳には届いていないようです。
「ところで、その桃はどうした。」
「この桃は、川で洗物をしている時に拾ったものです。
 わたしの事を好いているようです。」
「ちょっと待ってください。
 私があなたをお選びしたのは、お二方に子どもがいないからです。
 何故に、かのようなご老体を好かなければいけないのでしょうか。」
 『桃』が一生懸命声を上げましたが、無情に終わります。
「それじゃ食べようか。
 ここ数日は何も食べていなかったからのぉ。」
 おじいさんは座っている脇にあった包丁を手にとります。
「あなたが私を割ったら富が得られなくなります。
 私達一族があなた方に機会を与えるのはこれが最期なのですよ。
 よろしいのですか。」
 桃は必死になって叫びます。
 おじいさん包丁を止めます。
「どうしたのですか。」
「この桃しゃべったような気が。」
「老化ですよ。」
「お二方とも老化していますが、そうではありません。
 私は桜梅桃李の一族の者です。」
「ほら、黄梅通りの方から来ましたといっているじゃないか。」
「あら、そういわれればそんな気がしますね。」
「二人とも信じてくださるのですか。」
「しかし、桃がしゃべるはずがない。
 ここで成敗してくれる。」
 おじいさんは包丁を手に取ります。
「致し方ない、私とて、死に急ぐわけにはいきません。
 驚き桃の木、山椒の木、ブリキにタヌキに洗濯機、
 やってこいこい、仮初めの肉体。」


 白煙嵐荒ぶよう吹けば中から光の如し出たるは、美しき青年。
「なんだぁっ!」
 声共に腰を抜かして、狭い家故に超絶美青年の目の前の老人は壁に背をうつ。
「全てはあなた方の愚行のせいです。」
「愚行とは、これいかに。」
「そちらの淑女殿が私を割り、
 あなた方二人で食べてくだされば、あなた方は三代遊んで暮らせるだけの富を得られたようなものの、すべてあなたが 台無しにしてくれました。
 たしかに、そちらの淑女殿は幾分か疲れているご様子。
 その前に帰ってきたあなたが包丁を手にとったまでは私も関心しました。
 ですが、そちらの熟女殿が桃を割らないことには富は得られません。」
「そんな富いらんわい。」
「本当にそうでしょうか。」
 問いかける桃男。
「労せずして得た富などいらぬわ。」
「だが子どもは欲しいでしょ。」
 目を細めて諭そうとする美青年。
「あなた、この人がせっかくいっているのだし、もらっておきましょうよ。」
「これが最期の問いかけです。欲しますか、それとも断りますか。
 お答えはお二方で決めてください。」
 そう言い残すと、美青年は閃光とも煙ともつかない何かを放ちに桃の姿に戻る。


 おじいさんとおばあさんは桃の前で黙っていました。
「どうします。」
 そう言ったのはおばあさん。
「三代っていっても儂たち一代限りじゃし。」
「早く食べないと痛みますよ。」
「それじゃ食べるか。」
 おばあさんが包丁を手にとります。
「答えが決まったようですね。」
 桃が喋ります。
 やわらかくやさしい声で。
 おばあさんは桃を二つに割り、片方をおじいさんにわたします。
「はいどうぞ。」
 おばあさんももう片方の桃を手にとります。
 二人が桃を口に運びます。
 何年ぶりに食べる果物だったでしょう。
 口のなかで広がる一時の幸福は二人に笑みが生き返ります。
「おや。」
 眉をひそめたのはおじいさんでした。
 おじいさんの目の前にはおばあさんの姿はありません。
 あるのは若い娘の姿。
「あらまぁ。」
 若い娘さんは頬を仄かに桜色にそめます。
 娘さんの前には若い男の姿が。
「若返ったのか。」
 若い男はそういいます。
「あなた、若い時にそっくり。」


 時は流れ―――
 若い娘さんが川で洗物をしていると川から蓮に乗った桃が流れてきます。
「あら。」
 その日は娘さんは桃を見ているだけでした。
 次の日―――
 若い娘さんが川に行くとまた待っていたかのように桃が流れてきます。
 桃といえども、昨日の蓮に乗った桃とうりふたつ。
「珍しいことがあるものね。」
 また次の日も、その次の日も。
 来日も来る日も桃の実は、娘さんに逢いたいかのように娘さんの前に姿を現します。
 ある日のことでした。
「おばあちゃんがいっていたわ。
 蓮に乗った桃は若返るのだって。」
 若い娘さんは桃を手にとります。
 すると桃のほうから娘さんの手に納まるではありませんか。
「あら不思議な桃だこと。」
 やさしく笑う娘さんはそう呟きます。
「美味しそうね。」
「そうですか、お褒めにあずかり光栄です。」
 すると桃は照れるようにやわらかい声でいいます。
「あら喋る桃だなんて本当に不思議。」
「不思議はいいのですが、
 あなたは今無限の選択肢を得ました。
 私をこの場で食べれば永遠の美貌と命が手に入ります。
 私を大切な方の前で、あなたが切って食べれば三代遊んで暮らせる富が得られます。
 さぁいかがなさるおつもりで。」
「そうやって、私たちの血族を長続きさせて何を企んでいるつもりかしら。」
「何をいいますか。」
「そうでしょ、どちらにせよ、私の血を引く者が生まれてくるって寸法じゃない。
 違うかしら?」
 澄んだ瞳で娘さんはたじろむ桃の実を見ます。
「よくぞ見抜きました。
 あなたのような方を探していました。」
 桃は若い娘さんの目の前で若い男の姿になります。
「私は桜梅桃李の一族―――」
 次の言葉を言おうとしましたが、男の口は娘さんの口で塞がれてしまいました。
「やっと逢えた、あなたに。」








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2000.5.10 Clover-4
 


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