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▼ 第18回投稿作品 ▼


アムリタ
 何者かの意思―――欲望によって作られた世界がそこにも存在していた。
 むかし―――なのか、ご都合主義者によってこの世界は創られたのではないのか。
 おそらく遠くない未来、宇宙が滅んだ後に生まれた世界で彼らは息をし、夢を抱いていた。
 小さなどこにでもある農村と田園風景の広がり、風薫るその地で二人は晩年を終え様としていた。
 穏やかな表情をいつも浮かべる老夫婦。
 惜しいことに二人の間には子どもがいない。
 孫の顔など到底無理な話だろう。
 たとえ肉体が若返っても、記憶は今のまま。
 果たして翁にそれだけの活力があるのだろうか。
 精神を一度過去へと転位し、再び戻す―――
 生まれ変らない以外にすべはない。
 精神は脆弱しきっている。
 一方、淑女の方ですら翁のことなど、そこにいる同居人としか思っていない。
 衰えだけが二人に共通するだけだった。
 季節は無情にもめぐり、死の瞬間に刻一刻と近づく二人の老夫婦。
「おじいさん、そういえたらどんなにいいことか。」
 もう長くはないだろう、老婆は空を見上げる。
「このまま血が途絶えるのか。
 世は少子化で私もお前さんも一人っ子。
 唐の国がうらやましい。」
 茶を静かにすする老人の瞳に輝きはない。
「お前さん、気晴らしに川でも一緒に行きませんか。」
  「そうするか。」
 二人は顔を見合わせて頷くとよろよろと足取り重く縁側から立ち上がる。


 二人が小川に着いたのは間もなくのことだった。
 水面はきらめき、小川は静かにも音色を奏でる。
「おや。」
 老婆は小川の上流へとふと目をやる。
 視線を送った先には大きな桃の実が川下を披露している。
 人一人なら楽に上回るほどの大きさで二人で食べたら食べきる間に腐ってしまう。
 かといって、近くの人家へいくにしても、二人の体力を考えれば苦行に等しい。
「うまそうな桃だな…」
 桃を遠巻きにする老人。
「とって食べるか。」
 到底、老人、老婆のどちらか一方の力でどうにか出来る代物ではないので、二人は手を伸ばすが、どうやら桃に嫌われた様子で紙一重で二人の手を避けかわす。
「逃げられては仕方がないな。」
 互いを攻めても体力の無駄と悟ってか二人はあきらめて家に戻ろうとしたその時。
 またもや上流から川の流れに乗り桃二人に近づく。
 今度は普通の桃よりも二回りほど大きく手には収まる様子はない。
「おや。」
 どうやら老婆のモノを見る目は衰えていない様子で声をふと上げる。
「どうした。」
「あの桃熟れすぎている。」
「ならば仕方がない。」
 老人はまたもため息をつく。
「帰りましょうか。」
「もう少しここにいたいのだが、ダメか。」
 呆然と老人は空を眺めたままいう。
「あれは…」
 老婆は何かの異変に気がついた様子で、上流に視線を送る。
 するとそこには蓮の葉の上に乗った後光放たん勢いの桃の実。
 大きくもなく小ぶりでもなくちょうどいい大きさの桃が流れてくる。
 眩き光と静寂だけがそこにはあった。  美しい歌声が二人には聞こえていたかもしれない。
 水面をたゆうとう桃の実は悠久の時を渡るが如く、ゆったりと二人の前まで流れて、そこで一旦止まる。
 輝きを増す桃の実は水面をゆっくりと離れてのばした二人の手の平に納まる。
 潰されるような威圧感と神々しさを覚える二人は顔を合わせる。
「なんと不思議な桃じゃ。」
「これはこれは、お褒めにあずかり光栄です。」
 老婆がそういうと桃の中から声がする。
 明朗で、やさしく暖かい男の声。
「しゃべりおった。」
「ふむ、私が喋るのが―――人の言葉を使うのが珍しいと。」
「お前さんはどうみても桃。
 桃が喋るはずがない。」
「ほう、それはどうでしょうか。
 意思疎通を図り危険を回避する植物も存在するのですよ。
 私は桜梅桃李の一族の者です。
 どうやらそのご様子ですと、
 巨漢の兄と早熟の姉はここまで辿りついたようですが、陸には着けなかったようですね。」
「先ほど流れてきたのは兄弟?」
 そういうのは老婆。
「まぁそうですね。」
 淡々と喋る桃に二人は不思議な親近感を覚える。
「それでこれからどうするつもりだ。」
「鬼退治に行くのが筋というものなので、
 家に帰って私をお割り下さい。
 必ずやご期待にそえることでしょう。」
「まさか、中から親指ほどの者が出てくるわけじゃないだろな。」
「まぁ見ていてください。」
 微笑むような口調の桃を淑女はしばし頬を淡い桜色に染め見つめていた。


「あなた、舶来ものの包丁を使いましょう。」
 淑女は神棚から鋭き光り放つの一振りの包丁を取り出す。
「お前さん、私に内緒で。」
 翁は微かに声を大きくする。
「神棚に飾っておいて気が付かないあなたもあなただと思いますがね。」
 茶々を入れる桃。
 桃は二人の間に置かれる。
「たぁっ!」
「そんなに気合を入れなくても。
 それともなんでしょうか―――」
 桃が次の言葉を放とうとすれば、桃に包丁が到達する。
 眩い閃光とも煙ともつかない何かが、部屋の中で瞬間的に広がる。
「なんだ?」
 一旦視界を奪われた翁はなんとか目を開く。
 そこには二人の想像を絶する光景があった。
 年の頃は二十四、五だろうか。
 輝んばかりの純白の衣を身にまとい、精悍な顔立ちの超絶美青年、額は前髪に被われ、両脇の髪は後頭部で束ね上げられ、背中に向いおろされている。
「ひとぉつ、人ではあらず、
 ふたぁつ、故郷は桃源郷、
 みぃっつ、導きのままに現われ、今ここに現存する。
 私は桜梅桃李の一族の末裔、桃霊です。」
「せっかく二人で名前を考えていたのに、無駄にする気か。」
「お言葉ですが、私は桃となった時点で生まれております。
 その時に、とある高貴で神々しいお方から名前を授かっております。
 おわかりでしょうか。」
「わかったが、どうしていきなり成人の姿で現われる。」
「我々桜梅桃李の一族には本来の姿など存在しませんが、
 人間―――人間の姿があなた方には一番分かりやすいと思い、こういう格好をしているのです。」
「分かったが、いそいそとしているが、何をするつもりだ?」
「程よいエモノがないか見ているところです。」
 桃霊と名乗った男は狭い部屋の中を見回す。
「ちょっとまて生まれてそうそう立ち去る気か?」
「巷では鬼がはびこっていると聞きました。
 今から鬼退治に向おうと、思いましてね。」
 まるで、お使いごとのように桃霊はいう。
「それでは何のために。私達に拾われた。」
「あのまま桃の姿をしていたら時がたてば腐ってしまいます。
 当分人の目には見つかりそうもない。
 死ぬのはご勘弁願いたい。」
「ただの利己主義か?」
「はいそうです。
 ですが、恩をあだで返すような事はしません。
 子どもの出来ない体となってしまったあなた方ではありますが、
 子どもを見られない体ではないでしょう?」
 微笑む桃霊は後光をいつになく放つ。
「エモノといっても家には刀などないぞ。」
 桃霊と名乗る男は、近くにあった棒きれを手に取る。
 長さは、彼の身長の八分目ほど。
「そんなもので鬼退治が出来るわけがないだろう。」
「そうでしょうか?」
 桃霊は左肩に背負うように振りかぶり、虚空を薙ぐ。
 ただの棒きれは漆色の木剣にはや変わりする。
「木刀で太刀打ちできまい。」
「ご心配なさらずとも、かの宮本武蔵はろを削った木剣で巌流佐々木小次郎を破りました。
 生き残るために必要なものは何よりも生きる意思と知恵と力です。
 それでは行ってきます。」
 桃霊は木戸に手をかけないで流れる風の如く立ち去る。
 その背中は広く温かみをもっていた。


 桃霊はひとり蒼穹を仰ぐ。
「理想は天にあるが、真実は見えない中心に存在する―――
 皮肉なものです。
 さてとぉ…」
 超絶美形の青年は瞳を輝かせて周囲を見まわすように振り返る。
「そこにいるのは、分かっているのですよ。」
 響き渡る明朗な声はいかなるものも口説き伏せることだろう。
 桃霊の双眸の先には沸いて出たような一塊の茂み。
「出てこないというのであれば、出てこさせるまでです。」
『ワカッタワカッタ。』
 低く重く、青銅を思わせるような三つの重なる声、ヒトのものではない。
「ならばいいです。」
 茂みから出てきたのは三つの頭と硬い尾を持つたてがみを持つ犬。
「まぁまぁ、そう警戒なさらずとも、妖しい者ではありません。」
『我ニハ怪シイトシカ思エヌガ?』
「私は桜梅桃李の一族の者で、桃霊と呼ばれる者です。
 さぁ、臨戦体勢をといてください、
 いやだと言うのならば、お望み通りの姿にして上げましょう。」
『只者デハナイヨウダナ』
 いって、犬は天に一吠えすると、三つの頭は一つの頭になる。
「ここに、一つの桃と、一杯のお酒があります。
 桃は不老不死を与え、お酒は心身の全てを癒します。」
『我ハ地獄ノ番犬、未来永劫、休息ナドナイ、酒ヲモラオウカ』
「そういうと思い、桃はただの桃しか用意していなくて正解でした。」
 桃霊は懐から瓢箪を取り出し、掌に収まるほどの杯になみなみと注ぐ。
「さぁたっぷりとお飲み下さい。」
『カタジケナイ……』
 青銅の声の犬は酒をなめ始める。
 しばらくして、犬が酒を飲み終える。
『ソナタハ何故、我ニ酒を振舞ッタ?』
「いずれや話します。
 知りたければ私に付いてくることです。」
『マァヨイ、我モ肌ニアッタ者ト遭エズ退屈シテイタトコロダ。オ供スル。
 我ハ魔獣、ケルベロス。コンゴトモヨロシク……
 「ケロチャン」ト呼ボウモノナラバ、噛ミ殺ス』
「私のことは、『桃霊』とでもお呼び下さい。」

「さてと…ケルベロスさん。変身は得意でしょうか?」
『我ヲ誰ダト思ウ?』
「犬ではないのですか?」
『我ハ地獄ノ番犬ケルベロス、数多存在スル獣の姿ナラバ幾ラデモトレル』
「ほほぉ、それは頼もしいことです。
 それでは早速馬になってもらいましょう。」
『ワカッタ…』
 青銅の声をもつ魔犬が天高く吠えるとどす黒い煙が湧いて現われ、犬の体を包み込む。
 一陣の風と共に、黒い蟠りが過ぎれば中から顔をのぞかせるのは、漆黒の輝きを放つ馬。
 桃霊はケルベロスが馬になったことを確認すると、漆黒の馬に跨る。
『シテ、我ガ何故ニ馬ニナラネバナラヌ?』
「もうすぐ分かります。」

 桃霊の行く先にはひとつの大きな岩がある。
 岩の中にいや、岩の下に何かがある。
 全身毛に被われた赤面のサル。
「助けてくれぇ…」
 サルはヒトの言葉でうめく。
「はいそうですかといって助けるわけには行きません。
 いかがなされました。」
「どうしたもこうしたもない、
 緊箍児を外され、天竺から帰ったはいいが、玄奘三蔵の奴、
 また岩に閉じこもっていろとか抜かしやがった。
 だからこうして岩にとじこまれたまま。
 通りすがりの者には、俺が叫んでも何も聞こえないらしく
 過ぎてゆくばかり、そこにあんたが来たってわけだ。」
「まぁたしかに、喚いているサルなど無視したくなるのは自然の理でしょう。
 それで、救ってもらいたいのですか。」
「ああ、たのむ。」
「仕方がないですね……」
 桃霊はいって腰に差した一振りの木剣を引きぬく。
「はぁっ」
 裂帛の気合と共に木剣を振り下ろせば、岩はものの見事に真っ二つに割れる。
「あんたぁ何者だ?」
 サルは割れた岩をみて、桃霊の方を見る。
「私は桜梅桃李の一族の者、桃霊と呼ばれる者です。
 それで、あなたは?」
「オッス、オラ、斉天大聖。今後とも、宜しく。」
 挨拶を終えた斉天大聖に金色に輝く輪が額に収まる。
「何をするっ!?」
「緊箍児ではありませんよ、拘束具の一種です。
 有り余る力を少しだけ抑えこむことが出来ます。」
「けっ、食えねぇ男だぜぇ。」
 そういう斉天大聖を桃霊は薄く笑い、流し目で見ていた。

「ぬわぁっ!てめぇ犬公だったのか。」
「ケルベロスさんに失礼ですよ、悟空さん」
 斉天大聖は馬から犬の姿に戻ったケルベロスを見ると歯をむきだしにして叫ぶ。
「けっ、横文字は苦手なんだよ。よろしくなハチ公さんよぉ。」
「我ハ犬ダガ犬デハナイ。
 地獄ノ番犬……」
「まぁまぁ二人とも落ちついてください。
 それよりも相手にしなければならない方がおるようですから。」
 天を仰ぐ桃霊の言葉は二人には届いていない様子。
「やっぱり犬じゃぁねぇか。ケロちゃん。」
「ッサマッ!!ソノ忌マワシキ名ヲ……」
「言い争っている場合ではありませんと先ほどからおっしゃっているでしょう。
 たいがいにしておきなさい。」
「オ主ガ言ウノナラバ仕方ガナイ。」
「桃霊には逆らえねぇからな。
 それで、相手にしなくちゃならねぇ相手ってぇのはどいつでぇ?」
「口だけは達者なようですね。
 あの者です。」
 桃霊は空を見上げる。
 彼の澄んだ瞳の向こうに映るは、人の体に鷲の首に爪に加えて嘴を持ち、潸然と輝く真紅の翼を生やした金色にも朱色にも見うけられる装甲を纏った鳥人。
「貴様ら、私と勝負だ。」
 鳥人は朗々たる人の言葉で話し始める。
「勝負―――ですか。
 よろしいですが、三対一ですよ。
 あなたに勝ち目があるとは思いませんがね。」
「それじゃ、こういうのはどうだ?
 俺たちの内からあんたが勝負する相手を決めるってのは。」
 斉天大聖は呆けた声でいう。
『猿ノ浅知恵ニシテハイイ考エダト思ウガ、
 ソレデハ「貴様ラ」トアヤツガ言ッタ意味ガナクナルゾ。
 ソレニ、我ノ思イ過ゴシカモシレナイガ、
 奴ノ眼中ニ我トソナタ、ツマルトコロノ斉天大聖ノ姿ハナイ。
 桃霊ノ姿シカ映ッテオラン。』
 青銅の声を響かせるケルベロス。
「それじゃ、どうして貴様らなんていったんだ?ケロちゃんよぉ。」
『分カラヌカ?ソレデモ天竺マデ行ッテキタ者ノ言ウコトカ?』
 ケルベロスはからかわれたことも気に留めずに言葉を続ける。
『恐ラクハ我々ノ誰カガ標的ナノダロウ。
 シカシテ、誰ガ誰ダカ分カラナイ。
 トモスレバ、我々全員ヲ差シテ、名乗リヲ上ゲタ所デ目的ヲ果セバイイ。』
「どうやら、そこの犬と猿は違うようだな。」
『犬トイウナ噛殺スゾ。我ハ地獄ノ番犬ケルベロス。』
「例え鎖がなくとも、地上に足をついた犬など恐るるに足らず。」
「はっ!だったら、俺が相手になってやるぜぇっ!
 俺には足枷などないっ!
 ………‥‥‥・・・ぬはぁっ!」
 挑発の後で何かを口ずさむと思われたが呂律が回らない様子で立ち止まる。
「どうしました悟空さん。」
「漢字がでねぇ………」
「仕方がないですね、この世界は何分にも制約が多い。
 ですが、あなたには金箍棒があるでしょう。
 なんでも、神珍鉄と呼ばれるもので出来ており、
 重さは一万三千斤とまでと聞きます。
 如意自在の武具があなたにはあるでしょう。」
「ああ、そのことなんだが…
 耳の奥に入ってどうしてもとれなくなった。」
「月並みですが、あなた本当に斉天大聖と呼ばれるお方でしょうか。」
「とはいえ法術は使えるからなァ…あんな奴いちころだぜぇ。」
「何を漫談をしておる、
 それでは、三人まとめて倒してやる。」
 鳥人は紅の翼をはためかせると三人向い突進する。
「わかったぜぇ来な。」
 斉天大聖は鳥人に背を向けて自らの尻をはたく。
 真紅の翼もつ鳥人は挑発に乗ってか相当の自信があるのか定かではないが、剛毛を生やした猿に向い突撃して一気に間合いを詰める。
 斉天大聖は、鳥人を引きつけつつも大地を疾走する。
 超低空飛行で鉤爪を光らせるのは鳥人。
 寸での差―――とも言うべきであろうか。
 斉天大聖は不敵な笑みと共に振り返る。
「ぬぁんちゃってぇっ!」
「何とぉっ!吃驚カモノハシっ!」
 斉天大聖が振り返れば、大地より鉄柱が天を衝く。
 驚愕の声を上げる鳥人だが、そのにその者の姿はない。
「あれは『ロスト・ワーズ』………?
 悟空さん後ろですっ!」
 加勢する気など皆無の男―――桃霊の甲高い声が猿の耳に届く。
「どうやら取るに足らん様子だな。」
 鼻で笑う鳥人の声が聞こえた悟空の背中を冷たいものが走る。
 汗ではなく久々に肌で感じる殺気。
「でもなぁ…」
 諦めが悪いか、悟空は鉄柱向い走りながらの下段回蹴りをくらわす。
 バランスを崩して鉄柱は大地に向い振り下ろされる。
「お前だけが怪力だと思うな……」
 残忍な笑みを浮かべる鳥人の周囲には目に見えるほどの闘気とも殺気ともつかない何かが渦巻く。
 大きく真紅の翼をはためかせれば、鉄柱は悟空目掛けて倒れる。
「普段から使っている如意金箍棒と言えども、
 流石の貴様とてどうであれ持ちこたえなければならない。」
「さぁ………それはどうでしょうかね。」
 虚空を疾走する一条の光りと桃霊が否定するように口を割ったのはほぼ同時だっただろうか。
 轟音と共に倒れかけていた鉄柱―――金箍棒は真っ二つに裂かれ大地に伏せる。
 その断面は研磨された石のように照り輝く。
 立ちあがった悟空共々、その場に居あわせる者は汚れ無き威光放つ桃霊にえもしれぬ恐怖を覚えていた。
 ―――住む世界が違う―――
「神珍鉄を割りやがった。
 あれは龍宮におしかけてとってきたものだぞ。
 桃霊の言う通り、一万三千斤ある。
 軽がる操るならば、俺が出来るのだから出来ないこともない。
 しかし、それを何かの法術でかち割るなんて聞いたことないぜ。」
「悟空さん、よく聞きなさい。
 私は法術など使っていません。
 あなたを岩より助けたと同じ方法です。」
『マサカ…オヌシ何者ダ。』
 驚愕の声を上げる地獄の番犬。
「そう―――木剣で貫いた―――
 ただそれだけのことです。
 そろそろ、やってくるでしょう。」
 桃霊は涼しい笑みを浮かべて天を仰ぐ。
 すると虚空より出し神速の如く天翔ける木剣は、音も無く桃霊の身につけていた帯に収まる。
「そこの真紅の翼まといし鳥人さん。
 私に勝ち目がないことはお分かりでしょう。」
「うすうす分かっていたがお主は―――」
「違いますよ、私はあの方ほど有名ではない。
 まぁ似たような存在ではありますがね。」
 薄ら笑い流し目で鳥人を見る。
「ガルーダさん。
 これが欲しいのでしょう。」
 桃霊は鳥人向かいそういうと、懐より一個の桃の実を取り出す。
「霊桃アムリタ―――」
 ガルーダは肌で、全身で、己が魂すら束縛しかねない目の前の男を鷲の瞳で見据えて呟いた。

「はなっからわかっているのだったら言えばいいのに、
 本当にてめぇは食えねぇ野郎だな。」
 そういったのは人の言葉を使う猿、斉天大聖。
「まぁ、ガルーダさんを見てすぐに分かりました。
 紹介がまだでした。
 私は桃霊、諸事情あり鬼退治のために諸国漫遊しています。」
「おいおいきいてないぜぇ。」
 桃霊の隣に座り、彼の方を向いて声を上げたのは斉天大聖。
「訊いてもいないでしょ。」
「まぁそうなんだけどな…
 だいたいこのご時世『鬼』なんているのかよ。」
「さて、どうでしょうかね。」
 深く呼吸して空を仰ぐ桃霊の姿に一同は驚きの色を隠せなかった。
「どういうことだ、桃霊とやら。」
 唸るような声の者は真紅の翼をもつ鳥人。
「鬼とはどこに棲むものでしょうか。」
 再び三匹に目を向ける。
「一見シテ、見エル何処カニイソウデアルガ、
 ソレハ違イ―――」
「闇―――違いますね、
 月並みでありますが、『心』でしょうね。
 いつかそれは具現化し人々を襲うようになる。
 負の感情を糧にするために。
 だが所在を廻っているのでは何の解決にもなりません。
 原因を取り除き、鬼共々憑かれた者を浄化する。」
 魔獣ケルベロスに桃霊が言葉を続ける。
「桃霊―――貴様は―――」
「私はその方のように高貴ではありません。
 救いたい、ただそれだけの事です。
 鳥達の王であるあなたならば私の言いたいことは分かりますよね。」
 ガルーダは何かを悟った様子だがあっけなく桃霊に切り返される。
「さぁ鬼退治に参りましょうか。」
「わかった。
 私は鳥王ガルーダ。人知を越えしその力とくとご覧のほどあれ。」
 鳥王は桃霊に膝を屈する。
「鳥族の王たるあなたが簡単に頭を下げるものではありませんよ。」
「桃霊殿、お前には何故か親近感がわく。」
「そうですか。」
 桃霊はまた涼やかな瞳をガルーダに向けた。
「とはいえ、ああ言った手前困ったものです。」
「何があった?」
「まぁ掻い摘んで話します。」
 桃霊は悟空に訊かれてゆっくり話し出す。

「そういうわけです。」
「なるほどな。」
 そういったのは鳥王ガルーダは更に言葉を続ける。
「たしかに、人間の観念からいえば
 『鬼』というのは恐怖や憎悪の塊が具現化したものというより、
 より物質的な存在であるといえるだろう。」
「我ラトテ、近シイトイッテモ過言デハナイガナ。」
 魔獣ケルベロスはガルーダに言葉を続ける。
「俺はつくづく疑問だったのが、
 桃霊、どうして俺達を仲間にしようと思った?」
「オイ、サル、我トソナタヲ一緒ニ考エルナ。」
「道を歩いていたらあなた方がいた、
 ただそれだけのことです。
 運命か因縁か、それは、あなた方自信でお考え下さい。」
「気に入った、とことんてめぇについてゆく。」
 ぽんと手をたたく斉天大聖。
「我モ同ジダ、地獄ノ番ナド退屈デシカナカッタ。
 ダガ、オ前ハ我ヲ愉シマセテクレソウダ。ツイテ行ク。」
「桃霊、力足らずかもしれないが、この身果てるまでお供する。」
「それでは、みなさん行きましょうか。」
 桃霊の赫炎の瞳に気が付く者は誰一人とおらず、不敵な笑みにただただ神々しさを覚えているばかりだった。



 








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