投稿小説コーナー     






▼ 第22回投稿作品 ▼


  告 白

 淡い光りが食卓を照らす。
 中央に置かれたちゃぶ台の上には夕飯の支度が整っている。
 炊飯ジャーは『保温』にランプが灯る。
 腰を据える女の頬を包み指先は気だるいリズムを刻む。
 ―――まだだろうか―――
 呆然とテレビを見る女は思い出したようにふと時計を見る。
 番組の開始時間を気にしている様子ではない。
 何かをまつ虚ろな瞳。
「あ、帰ってきた。」
 頬杖を外し、玄関の方に視線を移す。
 しばらくの後、サッシを開ける音。
「ただいまぁ。」
 声は玄関のほうからした。
 よれよれの背広に緩んだネクタイは熱帯夜のせいではないだろう。
 そこそこの背丈、そこそこ男前、どこにでもいるサラリーマン風の男。
「お帰りなさい。
 あれぇ、今日は車庫に車止めるのに随分遅かったけど、
 エンジンの音がターボみたいだったし……」
 女の笑みがこぼれる。
「え?ああ、まぁいいとして着替えてくるよ。」
「早くねぇ。」

「これはまたどうしたんだい?お赤飯なんか炊いちゃって?」
 食事を終えてテレビを見る男は驚きの色を隠せない。
「今日、病院行ってきたの。」
「風邪?早く寝たほうがいいよ。」
 男は女の額に触れる。
「少し熱があるんじゃない?」
 女はしばし黙り込む。
「怒っている?今日帰りが遅かったこと。」
 黙りこむ女を見る男は彼女の顔をのぞく。
「どうして気づいてくれないの。」
「そういえば、いつもと違うね。嬉しそうというか。
 何かいいことあったのかい?」
 女はやや視線を落とす。
「子供…出来た。」
 細い声がかすかに男の耳に届く。
 男は事態を把握していない様子で瞬きの数が増えている。
「え…っと…」
 呆然とした男は部屋に何かがないことに気がつく。
「大丈夫、計算は合うから十時十分っていうでしょ。」
「それハンドルの握り方。
 実際は十月十日より早いけどね。」
「ハンドルといっておもいだしたけどぉ…
 AZワゴン、いつからターボ車になったの?」
「帰ってくる時ちょっとねぇ…」
 男は視線を女からそらす。
「隠さないで、はっきりいって。」
「怒らないでくれよ…」
 男は一向に女に視線を合わせようとしない。
「キャラ…買っちゃった。あはははは。」
 男は後頭部をかく。
「ちょっと、ちょっとぉ。AZワゴンはどうしたのよぉっ!」
 女は男の襟をつかみ前後にふる。
「僕、牽引免許は持っていないよ。  それにAZワゴンは四駆だし…」
「あれがどういう車くらい知っているでしょぉっ!」
「ガルウィング。」
 ぼそっという男に罪悪感は微塵も感じられない。
「そうじゃないでしょ。
 買い物の荷物は足元におけるけど、赤ん坊はどうするのよ。
 トランクに入れるわけにいかないでしょう。」
「それじゃ誘拐だよ。
 それに幼い子を車に乗せるのは危険だよ。」
「なんとでも言えるわよ。
 今すぐ返品してきなさい。レシート持っているでしょう。」
「服とかバッグじゃないんだよ。冷静に話そうよ。」
「あんな二人しか乗れない車買ってどうするのよ。」
「僕もまさか子供が出来てるなんて思わなかったよ。
 それでつい……」
「こーなれば…」
 女は携帯電話を取り出す。
「あやまるあやまるから、
 週末、ドライブに行こう。ね、だから許して。」
「分かった。子供が生まれてくるまでは許す。」

「あなた嘘ついている。」
 女は天井を虚ろに見上げていう。
「なんのことだい?」
 とぼける男は彼女に背を向けて中古車情報誌を読む。
「キャラ買ってないでしょう。」
「え?あれぇばれたぁ?」
 男は寝返りをうつようにして起き上がる。
「こっそり、キャラのドア開けたら変な匂いがした。
 それと車検証見せてもらったわ。」
「借りモノなんだ……」
「ふ〜ん車屋さんから。」
「分かったよ、みんな話すよ。」
 しぶしぶと男は口を開き始めた。

「車検?」
 女は目を丸くする。
「そう。黙っておこうと思ったんだ。
 余計な心配させないようにと思って。
 ジムカーナに出ていた車らしく、あの車ガタの来ていたらしい。
 AZワゴン買ったところがスポンサーで、
 ワークスチームから回ってきたらしい。
 僕もワゴンR借りるんじゃ何か面白くないから、
 ガルウィング乗ってみたかったし、
 それでキャラを代車にと思ってね。
 普通は二日もあれば車検は終わるけど、
 今回は無理して土曜日まで借りることにした。
 あっても飾っておくしかない車だから。」
「AZワゴンってマツダだったわよね。
 キャラってスズキよね。どうして?」
「さぁ?形は同じだし、いいんじゃない?」
「まさか、スズキのエンブレム貼ったわけじゃないわよね。」
「車検証みれば分かるよ。エンジン形式も。」
「土曜、帰り私が運転してもいい?」
「いいよ。
 でも気をつけたほうがいいよ。ミッドシップエンジンとはいえ、
 ほぼリアアスクル上にエンジンがあるから、
 実質的にはRRといっていい。乗ってみて分かった。
 普段乗っているAZワゴンとは車高が違うから、
 気をつけないと、
 せっかくお腹に宿った子供の顔を見ることが出来なくなる。」
「わかった。」

「開けていい?」
「いいよ。」
 女ははしゃぎキャラのドアノブに手をかける。
 ガルウィング―――かもめが翼を広げた形に似ていることから、
その名がつけられたドアの形式。
 現在の日本でガルウィングを採用する車はない、
絶版となったマツダAZ−1、そのOME版スズキキャラ、
トヨタセラが中古車として残っているだけ。
 真紅の翼が天を衝く。
「それじゃ行こうか。」
 しばらくの後、真紅の魔獣は束縛を解かれ、
タイヤがアスファルトを刻んだ。
 一時間も走ると青地に金色の六連星をあしらった看板が見えてくる。
「スバルよってく?」
「いいわねぇ。」

「ランカスターが置いてあるわね。」
 ショールームに飾ってある六気筒水平対抗エンジンを積んだ車を、
女は近寄りまじまじと見る。
「あ、鈴木さん。昨日はご成約頂きありがとうございます。」
 営業マンだろうか。
 スーツ姿の男が男に頭を下げている。
「ランカスターもいいですよ。
 3リッターエンジンなのでの低回転からのトルクがあり、
 マイルドな加速が得られます。」
「あ…ちょっと…田中さん…彼女の前では…
 秘密にしておくって約束じゃないですか。」
「ちょっと…成約って何?これからランカスター買うわけじゃなく?」
 疑いの瞳で彼女は男を見る。
「ごめん、また黙っていた。
 その……レガシィGT−B契約しちゃった…」
 開き直った様子で異常に明るく話す。
「私に相談なしで?」
「詳しいことは食事でもしながら話すから、
 今はね、ランカスター見られたことだし……」
「それで、ボディカラーはグランブルーよね。
 マフラーは当然フジツボよね。ね、ね。」
「そこを心配していたの?」
「うん。」
 女はこくりとうなずく。
「鈴木さん、昨日言い忘れたのですが…」
「何でしょうか?」
 男は振りかえる。
「ただいま安全キャンペーン中につき、
 レガシィご成約のお客様に限り無料でチャイルドシートの
 リースを無料で行っていますことを言い忘れました。」
「へぇそうですか。」
「ええ。」
「帰ろうか」
「うん。」
「それではまたのご来店お待ちしております。」

「あなた、お芝居なかなか上手にならないわね。」
 女はハンドルを握りながら言う。
「なんのことだい?」
「あの営業マンも、営業マンにしては猿芝居よ。」
「だから…なんのこと?」
「最初から子供が出来たって知っていたでしょう?」
「なんで、そんなこというのさ。」
「わざとらしすぎ。」
「うん、わかった話すよ。
 君のいう通り、あの日の前から分かっていた。
 産婦人科の北口先生だっけ?
 教えてくれって頼んでおいた。
 ただじゃだめそうだから一升瓶持っていったら、
 うなずいてくれたよ。」
「どうしてそんなことを?」
「なんとなく勘かな?
 レガシィは子供が出来たら買おうと思っていたし、
 あのキャンペーンだって知っていた。
 だから…下手だけど芝居をうってみたわけ。
 そのためにキャラを借りてきたんだ。
 AZワゴンじゃドライブしてくれないと思ってね。
 嘘つきっぱなしでごめんね。」
「いいの、ありがとう。」
 こぼれる笑みは真実か偽りか、それは誰も知らない。


 注 意
物語は全てフィクションです。
文章中のキャンペーンは行われておりません。
AZワゴンとはスズキワゴンRのマツダ版です。
キャラとはマツダAZ−1のスズキ版です。



2000 8.17 
Clover−4 URL:http://www.geocities.co.jp/Bookend-Soseki/1556/
e-mail: nnoguti@mb.neweb.ne.jp





@ 戻る


@ 感想コーナーへ


Clover-4さんへの
感想、質問などはこちら
E-mail



このページは GeoCitiesです無料ホームページをどうぞ