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▼ 第26回投稿作品 ▼


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「じゃん、けん、ぽん」
 昼の真上から照りつける日の光が、教室の窓から差し込み、日の当たらない廊下側に影を作っている。
 次の週の金曜日、六班の生徒達は、五人の子が給食を食べ終えると、いつもやっている、食器を誰が片付けるか決めるじゃんけんをやっていた。仲間外れにされていた千佳子であったが、給食を班で固まって食べるのは学校の規則だったので、一人で給食を食べる事は無かったのであった。しかし、食べる時は誰も話してくれず、いつも下を向いて給食を食べていたが、なぜかこの時やるじゃんけんだけは、参加させられていたのであった。
「いぇーい、勝った」
 最初に太一と久子が勝ち、次に直行と愛子と由美が抜け、優樹と千佳子の一騎打ちになった。
「じゃん、けん、ぽん。あい、こで、しょ」
「ゆうくんの勝ち」
 優樹がぐうを出し、千佳子がちょきを出して千佳子が負けると、太一が嫌みな声で言った。食べ終わった子達が、千佳子の机の上に食器を重ねていく。千佳子は今朝から少し体の調子が悪かったが、真弓がパートを休んだために、無理して学校に来たのであった。そのために食欲も無く、給食のほとんどに、手をつけずにいたのであった。
「キーン、コーン、カーン、コーン」
 給食の時間の終わりをしらせる鐘の音が、学校中に鳴り響いている。河合先生は、生徒が給食を残すと、その生徒を昼休みまで教室に残して、食べさせていたのであった。千佳子もこれまでに、何回か残された事があったので、無理して手をつけたが、デザートのみかんだけ、どうしても食べられずにいた。
「カチャカチャ」
「ガーガー」
 各班の子達が食器をかたづけて、机をもとの場所に戻して行く。千佳子がみかんを食べられずに座っていると、給食当番の子が、迷惑そうな顔をして近づいて来た。
「早くかたづけてよ!」
「ちいちゃん、食べられないの」
 千佳子の顔が少し青ざめている。
「へぇー、みかん嫌いなんてめずらしいな」
 千佳子はそう言われると首を横に振った。給食当番の子と千佳子が話しているのをとなりの席で見ていた優樹は、千佳子のみかんを一口でたいらげると、千佳子の食器を六つかさねてあった食器にかさねた。そしてそれを持つと、教室の前にある、食器を運ぶ、鉄で出来た網の方へ歩いて行こうとした。すると太一が、優樹の前に立ちはだかり、顔をしかめながら言った。
「ゆうくん、ルール違反だぞ!」
「でも、ちいちゃん気持ち悪そうにしてるから」
 優樹が眉間に皺を寄せている。
「ゆうくん、約束破るのか!」
 優樹は太一にそう言われると、大きな声で太一に言った
「ガッチャン、いくらちいちゃんの事無視してるからって、困った時はお互い様だろ!」
「だめだよゆうくん、俺との約束破るのか!」
 太一が必要以上に、約束の事を迫ってくる。
「ひどいよ、ガッチャン!!」
 優樹が、さっきよりも大きな声で言った。すると太一は、顔をゆがめ、薄っすら笑みを浮かべると、うかがうような声で優樹に言った。
「ゆうくん、ちいちゃんの事、好きなんだろう」
 太一の言葉を聞いた優樹が、立ちすくんでいる。
「ガッ、シャーン!!」
 優樹は、持っていた食器を落とすと、その場に座りこんで、大きな声を上げて泣いた。
「うぇーん!!」
 太一と優樹のやりとりを見ていた千佳子も、机に顔を伏せて泣いている。優樹と千佳子の泣き声が教室中に響き渡り、教室にいた生徒達の視線が二人に向けられた。すると、教壇の机の所にいた河合先生が、二人の所に来て、
「二人とも、どうしたの?」と、聞いた。二人は相変わらず泣き続けている。
「岩田君、何があったの?」
 何がおきたのか解らず、その場に立って固まっていた太一に、河合先生が聞いたが、太一も何も答えなかった。
 昼休みになると、河合先生は、三人を職員室に呼んだ。そして、給食の時間に何があったのか、改めて聞こうとしたが、優樹と千佳子は相変わらず泣き続け、太一は何がおきたか解らずに顔を赤くして下を向き、三人とも何も言わなかった。それでも河合先生は、三人に聞き続けた。すると聞いている最中に、優樹と千佳子が青ざめた顔をして、気持ちが悪いと言い出だした。それを見た河合先生は、急いで二人を保健室に連れて行くと、今日はこれ以上話を聞くのは止めようと思い、太一も教室に返した。

 それから二日後の月曜日、土日家で寝ていた千佳子が学校に来ると、隣の席に優樹の姿はなかった。優樹はあの一件以来熱を出し、土曜日も休んでいたのであった。
 昼休みになると、また千佳子と太一は、河合先生に職員室に呼ばれたが、二人とも何も答えずに、黙っていたのであった。一昨日三人の親に、河合先生は電話をしたのだが、三人とも先生に聞かれても、何も解らないと答えたために、この件に関して、河合先生も困り果てた様子になっていた。結局この日も、昼休みが終わるまで二人は何も答えず、五時間目が始まる鐘が鳴ると、河合先生といっしょに、教室へと帰って行った。

 同じ日の放課後、千佳子は、自転車に乗ってサイクリングコースを走っていた。この日までに千佳子は、もう何度も、瞬の所に行っていたのであった。薄曇の水色の空から日が差し、さわやかな風が、千佳子の顔に吹き付けて来る。千佳子は、道の両脇に木が生い茂っている所を抜けると、瞬がいる場所の近くに自転車を止めて、鍵を抜こうとした。すると、鎖を外されていた瞬が、かがんで鍵を抜こうとしている千佳子に跳び付いて来た。
「しゅんちゃん、痛いよぉ」
 千佳子は、瞬を背負ったまま鍵を抜くと、瞬を背中からおろす様に立ちあがって振り向いた。それから千佳子は、しばらく瞬の頭をなでると、
「しゅんちゃん、これ食べる?」と言って、ビニール袋に入れて持ってきたビスケットを、瞬の口の前に差し出した。
「ムシャムシャ」
 瞬が美味しそうに、ビスケットを食べている。千佳子は、瞬の口にビスケットを運びながら自分も、ビスケットを食べた。少しの間、千佳子が瞬といっしょにビスケットを食べていると、小屋の扉が開く音がしたので、千佳子は小屋の方に顔を向けた。すると、中から男の人が出て来て、千佳子の方に近づいて来た。
「ちいちゃん、瞬にあんまり餌やらないでね」
「おじちゃん、ごめんなさい」
 千佳子は、男の人にあやまりながら、男の人の、額のあざを気にしていた。
「おじちゃん、そのけがどうしたの?」
 何も治療されていない、かさぶたの出来た傷口が痛そうで、千佳子がたまらずに聞いた。
「あー、子供達に石投げられたんだ」
「ひどい事するね」
 千佳子が顔をしかめながら、男の人の傷口を見つめている。
「でも、日曜日で良かったよ」
「何で?」
「日曜日は、人が多いいから、鎖を外して瞬を放してるんだ。もし、ちがう日だったら、瞬まで石投げられてたよ」
 傷口に手をあてながら、痛そうに男の人が言った。千佳子は男の人の傷口を見ていると、自分まで痛くなってきて、しかめている顔をさらにしかめた。
「おじちゃん、薬つけなくて、だいじょうぶ?」
「あぁ、だいじょうぶだよ」
「ちいちゃんが、お家から持ってきてあげるよ」
「いや、いいよ、だいじょうぶだから」
 男の人が、少し不機嫌な表情を浮かべている。その男の人を見た千佳子は、それ以上何も言わなくなり、瞬の方に振り返ってじゃれあった。
「瞬の首輪に、鎖着けないでね」
「うん」
 男の人はそう言うと、小屋の方に歩いて行った。千佳子は少し、男の人の後姿をうかがってから、今度は瞬に芸をやらせた。
「しゅんちゃん、おて!」

 千佳子は、夢中で瞬と遊んでいた。すると、午後六時を報せる、赤とんぼの鐘の音が鳴った。
「タララーッラタララララッタララーラーラーーー〈夕焼け小焼けの赤とんぼー)」
 それを聞いた千佳子は、そろそろ真弓がパートから帰る時間だと気がつき、瞬に、家に帰る事をつげた。
「しゅんちゃん。ちいちゃん、そろそろお家に帰らなきゃ」
 千佳子が淋しそうな顔をしている。
「しゅんちゃん、またね」
 そう言いながら、千佳子は立ちあがると、止めておいた自転車の方に歩いて行った。すると瞬が、千佳子の後ろに付いて来た。千佳子は、振り返るとしゃがんで、瞬に言い聞かせた。
「しゅんちゃん、だめだよ付いて来ちゃ」
 夕暮れの川原に風が吹き、千佳子の長い髪の毛と、瞬のふさふさとした体毛が揺れている。
「だめ!しゅんちゃん」
 千佳子は、何度言い聞かせても付いて来る瞬に、強い口調で言って歩き出したが、瞬は辺りをきょろきょろと見まわして、また千佳子の後を付いて行った。千佳子は、困り果て、男の人に言おうと、小屋の方に歩いて行ったが、千佳子は、前から小屋に近づきがたい物を感じていたので、途中で思いとどまり、どうする事も出来ず、その場にうずくまった。付いて来た瞬が、うずくまっている千佳子の横で、舌を出して息をしている。千佳子は、少しの間うずくまっていたが、早く家に帰らないと真弓がパートから帰ってきてしまうので、しかたなく瞬の首輪に鎖をつないだ。
「しゅんちゃん、ごめんね」
 千佳子が、泣きそうな声で言った。辺りは、暗くなり出している。千佳子は、男の人との約束が頭から離れず、少しの間立ち尽くしていた。しかし、真弓の怒った顔が千佳子の頭によぎると、千佳子は、急いで自転車に鍵を挿して乗り、必死にペダルをこいで、家に帰って行った。




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