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▼ 第26回投稿作品 ▼


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          6

 通常の授業が始まって一週間たった、小雨が降る少し肌寒い日、千佳子は二時間目の授業が終わり、中休みになると、自分の机に座ったまま本を読もうとしていた。千佳子は別に、本好きと言う訳ではなかったが、転校してから今日まで、クラスの女の子と話をして遊ぼうと誘いがあっても、誘いがあるたびに、千佳子の頭の中にはノイローゼぎみの真弓の顔が浮かんでしまって、せっかくの誘いを断ってしまい、またなぜ誘いを断るのか、誘った相手に言う事も出来ず、友達どころか話す相手も出来なかったのである。そのために、千佳子は休み時間になると、自分の机に座ったまま、本をぼんやりと眺めて過ごすようになっていた。ある程度お互いの家を行き来する事で成立する子供の友情であるが、まして千佳子は外で遊ぶ事が、男の子よりも少ない女の子であったために、真弓の存在が重くのしかかっていたのは、言うまでもない事である。
 千佳子はこの休み時間も、図書館で借りてきた低学年向けの童話を机の上に開き、文字を追う事も無く、ぱらぱらとページをめくっては、ぼんやりと眺めていた。
「ちいちゃんち、コンピューターゲームあるのけぇ」
 前の方で優樹を含む、六人の野球仲間と話していた太一が、周りに聞こえる声で言った。野球仲間達は、それからしばらく、こそこそと話し合うと、太一を先頭に、千佳子の席にやって来た。そして先頭にいた太一が、少し興奮した様子で千佳子に聞いた。
「ちいちゃん、コンピューターゲーム持ってるの?」
「うん」
「ゲームやらせてくれよ。いいよな」
 太一のかなり強引な言葉に、千佳子は嫌とは言えず「うん」と返事をしてしまった。太一は千佳子の返事を聞くと、後ろに着いて来た男の子に向かって言った。
「みんな、いいってよぉ。じゃあ、みんなでちいちゃんちに行ってゲームやろうぜ!」
「やったー!」
「俺、コンピューターゲームやるの始めてなんだぁ」
 男の子達の嬉しそうな声が、教室中に響いている。千佳子は太一に言われて、太一だけが遊びに来るとばかり思っていたが、こんなに大勢の男の子が遊びに来る事に事になってしまって、困った顔をしていた。すると、はしゃいでいる男の子達の中から優樹が一人、千佳子の方に近づいて来て、申し訳なさそうに言った。
「ちいちゃん、ごめんね。僕がみんなに、ちいちゃんがコンピューターゲーム持ってるて、言っちゃったんだ」
「別にいいよ。今日はお母さん、パートでいないから、大勢家にきても大丈夫だよ」
 千佳子は謝っている優樹に、励ます様に言った。
「僕も言っていいかなぁ」
「うん、もちろん」
 千佳子は広島にいた時でも、男の子を自分の家に呼んで遊んだ事は無かったので、いくら親しい優樹でも家に呼ぶ事は無かった。その優樹が遊びに来る事になったので、千佳子は嬉しそうな表情を浮かべた。

 昼頃に雨は止み、千佳子が下校する頃には、雲の隙間から日が差していた。千佳子は学校が終わり、アパートの二階にある自分の家の前まで来ると、首から紐でぶら下げている鍵で、玄関の扉の鍵を開け、恐る恐る扉を開けた。
 このアパートに引っ越してから、幸太郎と紀子の事がきっかけとなって、達也との喧嘩が多くなり、ノイローゼぎみになった真弓は、パートが休みの水曜日以外にも、たびたびパートを休むようになっていたのである。
 千佳子は家に入り、真弓がいない事を確認すると、ふと胸をなで下ろした。そして台所に行き、台所の壁にぴったりとつく様に置かれたテレビラックの中から、ゲームを出してテレビにつなげた。
 みんなが千佳子の家に集まると、男の子向けのゲームが千佳子の家には無かったので、対戦型のテニスゲームを、八人で、トーナメント形式でやる事になった。
「いくぜ!、スーパーサーブ」
「あ、ミスった」
 コントローラのボタンを必要以上に強く押しながらゲームをやる男の子達の声が、アパートの一室から漏れて、アパート中に響いている。
 持ち主である千佳子は一人目をあっという間に倒すと、準決勝の太一と優樹の試合を見ていた。
「やった!」
 1セット先取していた太一が、6−4で2セット目も取って勝利者となり、両手を上げて喜んでいる。
「さすが、我が野球チームのエース、ゲームなら何でもこいだ!」
 その横で負けた優樹が、少し悔しそうにしながらも、笑いながら太一をたたえた。
 準決勝の第二試合で千佳子はまた、あっという間に二人目を倒すと、申し訳なさそうに下を向いていた。
「ちいちゃん、強いよな」
「持ち主だもんなぁ」
「よっ、テニスの女王」
 周りから、千佳子を持ち上げる声が上がっている。
 このコンピュータゲームはもう半年以上前に、広島で、達也が千佳子に買い与えたものであった。そしてそれでなくてもゲームに熱中していた千佳子であったが、引っ越して来てから優樹と遊んだ以外 誰とも遊んでいなっかたので、学校が終わって家に帰ると、ひたすらこのコンピュータゲームをやっていたのである。そのために、今日来たほとんどコンピュータゲームをやった事が無い男の子達には嫌味(いやみ)に映るくらい、千佳子のゲームの腕前は凄い物であった。
「よし!、俺が女王を倒す」
 太一は目を血走らせながら、意気揚々とリセットボタンを押すと、千佳子との決勝戦を開始した。
「がんばれ、ガッちゃん」
「俺達野球チームのメンツが掛かってるぜ!」
 今までの試合を見て、あまりの千佳子の強さに、千佳子を応援する者は誰もいなくなっていた。太一はみんなに応援され、肩をこわばらせながら、千佳子との試合を進めた。
 意気込んで試合を開始した太一であったが、千佳子に一点も取る事が出来ずに、負けてしまった。
「ちくしょう!」
 太一は、最初悔しそうにしていたが、直ぐに苦笑いを浮かべながら
「ちいちゃんがこんなに強いんじゃ、面白くねぇや。みんな、外に行って野球やろうぜ!」と周りの男の子に言うと、立ち上がって、のびをした。
「よっしゃ!」
 周りの男の子も太一と同じ様に、のびをしている。
「ちいちゃんも来るだろう」
 太一は、背中を丸めながら、申し訳なさそうにゲームを片付けている千佳子に言った。
「私が行っても大丈夫かなぁ」
「何言ってんだよ、野球は人数が多い程楽しいんだよ」
 太一は遠慮している千佳子に、笑いながら言った。
 野球仲間が全員、千佳子の家から出ていくと、千佳子は台所のテレビの横にある小物入れの引き出しから自転車の鍵を取り出して外へ出ていった。
 野球仲間と千佳子がアパートの階段を降りて自転車置き場に着くと、先頭にいた太一が野球仲間に言った。
「じゃぁ、グローブを持って緑の広場に集合!」
 すると、優樹が太一の側に寄って来て言った。
「ちいちゃんのグローブは僕が持っていくよ」
「ゆうくんのグローブじゃちいちゃんの手に合わないでしょ」
「いや、かずくんのグローブがあるから」
「うーん、でも俺んち、にーちゃんのおふるとか、親戚にもらったグローブがいっぱいあるだろう」
「うん」
「だから、ちいちゃんに合うやつがあれば、あげようかなぁて思って」
「んー、そりゃいいなぁ」
 優樹は納得した顔になると、乗ってきた自転車に乗って家にグローブを取りに行った。太一は事の成り行きを千佳子に説明すると、千佳子と一緒に、自転車に乗って太一の家に向かった。

「あれが、俺んち」
「へぇー」
 二人が、八百屋を営んでいる太一の家の前まで来ると、千佳子の前を走っていた太一が、自転車を降りながら、店の方を指差して千佳子に言った。千佳子も太一に合わせる様に、自転車を降りている。 二人が自転車を押しながら、野菜がたくさん並べられている店先の方に行くと、太一の母幸子(さちこ)と、エプロンを掛けた中年の女性が、何やら立ち話をしていた。
「あーら、岩田さんこの大根安いわねぇ。あんたんとこ、ずいぶん儲かってるって噂よ」
「なーに言ってんのよ、ぜんぜん儲かりゃしないわよ。こっちはスーパーにお客取られない様に、頑張ってんじゃないの」
「そういやぁ、こないだも、栢山(かやま)の方にスーパー出来たらしいわよぉ。あんたんとこもたいへんねぇ」
 太一は、その二人が話している店の前を、千佳子を連れて、降りた自転車を引きながら、恐る恐る通り過ぎようとしたが、なんなく幸子に気づかれてしまった。幸子は太一の方を向くと、嫌味たっぷりな口調で太一に言った。
「あーら珍しい、今日は女の子とデートかい」
「違うやい!、広場で野球やるからグローブ取りに来たんだい」
「あんたまた野球、少しは勉強しなさい!」
 太一と幸子が言い合っている姿を見て、千佳子と中年の女性がくすくすと笑っている。太一はいつものセリフが出たと、頭の中でぼやきながら、これ以上千佳子に、母親との会話を聞かれたくないと思い、店の横にある鉄格子の扉の前に行って自転車を止めると、千佳子も太一の自転車の隣に自分の自転車を止めた。
「太一、あんまり遅くまでやってんじゃないよ!」
「わかってるよ!」
 太一は大声で怒鳴ると、鉄格子の扉を開け、千佳子を連れて庭へと歩いて行った。千佳子はいつもと違う太一の態度が可笑しくて、またくすくすと笑うと、太一の後を着いていた。
 二人が庭に着くと、太一が
「ちいちゃん、グローブ取って来るからここで待ってて」と言って、庭にある倉庫の中に入っていた。庭には大きな柿木(かきのき)が植わっていて、太い枝にサウンドバックが吊るしてある。千佳子がしばらく庭で待っていると、縁側に高校生ぐらいの少年がやって来た。
「君は、太一のお友達?」
「はい」
 少年が千佳子に聞くと、千佳子が少年の顔を見上げながら答えた。入り口のドアが開いている倉庫から、がたがたと音が聞こえてくる。その音を聞いた少年は、倉庫に向かって大きな声で叫んだ。
「太一!、ちゃんと片付けとけよ!」
「解ってるよ!」
「そう言って、いつも片付けねぇんだから」
 少年はそう言うと、不機嫌そうな表情を浮かべて、ぶつぶつと言いながら、家の奥へと消えて行った。 千佳子は去って行く少年の後姿を見ていると、またあの少年が来るような気がしてきて、庭に居づらくなり、太一が居る倉庫の中に入って行った。
「あれぇ、この辺に小さいやつ仕舞っといたんだけどなぁ」
 千佳子が倉庫の中に入っていくと、はだか電球の淡い光の下で、太一が入り口に背を向けて、グローブがいっぱい入ったダンボール箱を物色していた。
「ガっちゃん、まだ?」
「んー、もうちょっと待って」
 太一が、相変わらずダンボール箱に手を突っ込んで、グローブを探している。
「さっきの人、誰?」
「あー、あれお兄ちゃん」
 千佳子は太一にそう聞くと、少しの間太一の後姿を見ていたが、周りにいろいろな物が置いてあったので辺りを見廻した。すると、千佳子が立っている倉庫の出入り口の横に、たくさん雑誌が積み上げてあり、そのたばの一番上にある雑誌の表紙に、女の人の裸の写真が載っていた。
「あった!」
 千佳子が、その雑誌の表紙に気を取られていると、太一がグローブを見つけて声を上げた。千佳子は急いで太一の方に向き直ると、太一がグローブに着いている埃をはたきながら、千佳子に近づいて来た。
「ちいちゃん、これ着けてみて」
「うん」
 千佳子は太一からグローブを受け取ると、それを着けた。
「ぴったり!」
「これ、ちいちゃんにあげるよ。ちょっと古いやつだけど、我慢して」
「ありがとう。でも、本当にもらっちゃっていいの?」
「うん、もう使ってないやつだから」
 太一はそう言うと、千佳子にあげるグローブを探している時に、ダンボール箱から飛び出したグローブを仕舞い出だした。
「ありがとう」
 千佳子は片付けている太一に、もう一度お礼を言うと、嬉しそうにグローブを見つめている。太一がグローブを片付けると、二人は倉庫を出て、自転車が置いてある店先へと戻った。
 二人が店先に戻ると、幸子が二人の方に近づいて来て、千佳子に聞いた。
「お嬢ちゃん、名前は何て言うの?」
「河原千佳子と言います。」
 太一と言い合っていた時とは違う、人のよさそうな顔になった幸子に、千佳子は元気良く答えた。
「千佳子ちゃん、太一と仲良くしてあげてね」
「はい」
「太一はねぇ、女の子の友達が一人もいないから、嫌われてるんじゃないかって心配でねぇ」
「かあちゃん、余計な事言わなくていいんだよ」
 千佳子と話している幸子に太一が迷惑そうに言った。その横で千佳子が、またくすくすと笑っている。
「じゃぁ、みんな待ってるから行くよ」
 太一が幸子に言うと、二人は自転車に乗った。
「千佳子ちゃん、また遊びにおいでね」
「はい」
 千佳子は自転車に乗ったまま幸子に言うと、二人は広場に向かって走り出した。
「気を付けて行くんだよぉ」
 幸子が、自転車をこいでいる二人に向かって、大きな声で叫んでいる。太一は無視していたが、千佳子は後ろを向いて、幸子に向かって手を振った。  太一と千佳子が緑の広場に着くと、野球仲間達が、待ちくたびれた様子でキャッチボールをしていた。

「ガっちゃん、おせぇよぉ」
「おっ、わりわり」
 太一は、野球仲間達から顰蹙(ひんしゅく)の声を浴びせられると、千佳子と一緒にフェンスの近くに自転車を止めて、急いでキャッチボールをしている仲間の方へ走って行った。
「ガっちゃん、かずくんも入れてあげてよ」
 太一と千佳子が、仲間が居る所に着くと、優樹が良和を連れて待っていた。良和の肘と膝には、まだ、大きめのバンソコが貼られている。
「かずくん、もう大丈夫なの?」
「うん」
 千佳子が心配そうに、良和に聞くと、良和は元気にうなずいた。その横で太一が腕組みをしながら、優樹に言った。
「かずくん入るのはいいけど、人数が九人になっちゃうと、同じ人数で分けられないなぁ」
「私、野球の試合なんてやった事無いから、見てるよ」
 腕組みをしている太一に、千佳子が遠慮した様子で言った。
「それは無いよ。一人ぐらい多くたっていいよなぁ!」
 優樹が周りの仲間に言ったが、人数が少ない野球の試合は、やった事が無い子が入っても守備の時に差が出てしまうので、みんな不満そうな表情を浮かべている。
「そうだ、ちいちゃん俺のチームの代打で出てよ。そうすれば、ちいちゃんも試合に出れるじゃん」
 太一は居辛そうにしている千佳子に言うと、優樹も周りの仲間もその案に賛成したので、千佳子も喜んでうなずいた。

「ストライク!」
 太一の投げた球を、攻撃側の一人が、守備側の太一のチームの子達に見張られながら、ジャッジをしている。フェンスの近くに立っていた千佳子は、優樹が言っていた、今まで見た事も無い様な太一の速い球を見て、目を丸くさせていた。
 三回裏、千佳子が太一のチームの代打でバッターボックスに立つと、ピッチャーをしている優樹はゆっくりなボールを千佳子に投げた。「カーン」
 金属バットの音が周りに響き渡り、軽く上がったボールがライトの方に飛んで行く。千佳子は太一に言われたとおり、バットにボールが当たると、一塁ベースに走った。
「パチ」
「アウト!」
 一塁にいた子がライトに走って行って、千佳子が打ったフライをとると、ジャッジをしている子の声が上がった。千佳子は少しがっかりした様子で太一のチームが座っているフェンスの方へ歩いて行った。
「ちいちゃん、その調子」
 照れ笑いしている千佳子に、次のバッターの太一が、バッターボックスに向かいながら言った。
「いくぞ!、ガっちゃん」
「おーよ」
 キャッチャーを見つめる優樹の顔が、千佳子にボールを投げていた時とは違う、緊張した表情になった。バットを構えた太一も、真剣な顔をして優樹を見つめている。振りかぶった優樹は、自分が投げられる一番速い球を太一に投げた。
「ボール」
 千佳子は日が傾いてきた広場で、汗を流しながら、目を輝かせて白いボールに熱中している野球仲間を、楽しそうに見つめていた。




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