投稿小説コーナー
    






▼ 第26回投稿作品 ▼


1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16





          5

 日曜日の夜、達也はアパートに越してから始めて、自分の実家に来ていた。達也は家を出てからだいぶ時間がたったので、改めて両親と真弓の事を話し合おうと思い、家に行く事を前もって紀子に連絡しておいたのであった。
達也が一階建の家の、古びた玄関の前に立ち、玄関の横に着いているブザーを押すと、中から紀子がドアーを開けて出て来た。
「父さんいる?」
「今、居間でお茶飲んでる」
 達也は紀子からそう聞くと、家に入り居間の方に歩いて行った。そして居間に着くと、居間にある長いテーブルの両脇に並べられたソファーに座って、幸太郎がテレビを見ながらお茶を飲んでいた。達也は、幸太郎と反対側のソファーに座ると、幸太郎に向かって言った。
「父さん、真弓も色々父さんに言った事は反省してるし、千佳子が大きくなって、手が離れたから、自分である程度お金を稼(かせ)いで、千佳子の将来のために、貯めたいって言ってるんだ。俺の稼ぎだけじゃ千佳子の学費の積み立てもままならないし、何かとこれから必要になるから、真弓が働くの許してくれないか」
 達也は幸太郎に、強い口調で言った。すると幸太郎はテレビの電源をリモコンで消して、達也に言った。
「そりゃあ、お前ら夫婦がどうしようが知ったこちゃない。だけど、わしも、かあさんも、もぉ年だべぇ。あんまり家ん中で気ぃ使いたくないんだ」
 幸太郎は達也に力なく言うと、湯呑みを取って、お茶をすすった。
「だけど父さん、真弓はこれからはちゃんと家事をやるって言ってるし、そうすれば母さんだって楽じゃないか」
「女が外で仕事して、家の中の事まで出来る訳ねぇべぇ。かあさんだってぼやいてたぞぉ。夜中に洗濯されて、寝られやしねえってなぁ。その内、飯まで別々に作って別々に食う様になったら、一緒に住んでも意味ねぇべぇ。お前らが、家賃払わねぇですむってだけの事じゃねえか!」
 幸太郎は眉間に皺を寄せながら、強い口調で達也に言うと、達也は何も言い返す事が出来ずに下を向いている。すると、居間の隣にある台所で、洗物をしながら二人の話を聞いていた紀子が、居間にやって来て、幸太郎の隣に座った。
「達也。正行(まさゆき)だって、嫁さんもらってちゃんとやってるでしょ。あんたお兄さんなんだから、しっかりしなきゃ駄目じゃない。こないだ正行は、課長に昇進したわよ。少しは正行を見習いなさい!」
 紀子に弟の正行と比較された事で、達也はかなりむっとした表情になっている。達也は込み上げる不快な感情をおさえ、すがるような声で幸太郎に聞いた。
「それじゃぁ、もう一緒には住めないって事?」
「あー、東京にでも越したらどうだ。その方がお前も、毎朝長い通勤電車に揺られずにすむだろう。」
「そんな事出来ないよ。千佳子だってもう学校に行ってるし、また転校なんて。それに真弓は少し喘息の気があって、体だってそんなに強くないんだ。それも考えた上で小田原に来たんじゃないか。」
「それじゃぁ、お前が会社を辞めて、どこか空気のいい所にでも越して暮らせばいいじゃないか。小田原だって都市近郊で開発がどんどん進んでるから、その内空気も、都会みたいに汚れちまうべぇ」
「無理だよ、会社を辞めるなんて。一回広島に飛ばされて、やっと東京の本社に戻って、仕事だって軌道に乗り始めたばかりなんだ。それに、地方に引っ越して、上手くやっていける自身も無いし、ずっとサラリーマンでやってきた俺に、他に何の仕事をしろって言うんだよ」
 達也は強い口調で言うと、少し潤んだ目を幸太郎に向けている。
「とにかく俺には何もしてやれん。いいか達也。世の中ってゆうのは、そんなに甘くないんだぞ。今の嫁さんだって、俺らは反対したのに、おまえがどうしてもと言って、結婚したんだ。千佳子だって、お前達で産んだんだ。だから後は自分で決めろ。いいな」
 幸太郎はそこまで言うと、立ち上がり、奥の自分の部屋へ行こうとした。
「父さん待ってよ!」
 達也が止めようと、言った言葉も聞かずに、幸太郎はゆっくりと歩いて行く。
「達也、お母さん達をあんまり困らせないで」
 そう言うと、紀子もまた、台所の方に行ってしまった。達也はしばらくの間、黙って下を向いていたが、これ以上両親を説得する手立(てだ)てが、思いつかなかったので、しぶしぶアパートへと帰って行った。

 

 



1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16



@ 戻る


@ 感想コーナーへ


北風寛樹さんへの
感想、質問などはこちら
E-mail



このページは GeoCitiesです無料ホームページをどうぞ