投稿小説コーナー
    






▼ 第26回投稿作品 ▼


1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16


 


          8

 五月も終わりに近づいて来た頃、休みの日までゲームにしがみ付いて、家から出ない千佳子を見ていた達也と、一回千佳子の事で、河合先生に学校に呼び出された真弓は、千佳子の事が心配になり二人で話し合うと、何か習い事でもさせてみようとゆう事になった。すると達也は、千佳子の通っている学校の近くに親戚の家があり、その家で達也の姪の多恵(たえ)がピアノ教室を開いている事を知っていたので、事情を話して頼んでみると、家にピアノが無いので練習できない事も考慮した上で、レッスンしてくれると言うので、千佳子は毎週木曜日に、そこに通うようになったのであった。
 五月最後の日曜日。千佳子は、いつも休みの日はいっしょにゲームをやってくれる達也が、旧友と会う約束があり出かけてしまうと、いつもの様に一人でゲームをやっていた。台所では、パートがシフトの関係で休みになった真弓が、掃除をしている。千佳子は二時間ぐらいゲームをやると、飽きてしまい、台所で掃除をしている真弓をぼーと見ていた。家の中には、掃除機の音が鳴り響いている。その音を聞きながら千佳子は、四月最後の今日と同じ様に晴れた日曜日に、優樹と優樹の父親と三人で、広場の直ぐ裏にあるひょうたん池で、魚つりをした事を思い出していた。釣りなどした事が無い千佳子でも釣れるくらい、その日は大漁で、気のすむまでフナやウグイを釣った後、酒匂川の川原で優樹と一緒に石投げをしたのであった。千佳子はそこまで思い出すと、今日も優樹がひょうたん池で釣りをしているような気がしてきて、ひょうたん池に行ってみたくなった。千佳子は、真弓に、ひょうたん池に行って来ると言いたくなかったので、台所のテレビの横にある小物入れから、自転車の鍵を取らずに靴を履くと、歩いて川原に向かった。


 ひょうたん池に着くと、大勢の人が、あまり大きくない池に、ひしめき合って釣り糸を垂らしていた。千佳子はその人達を、ちらちらと横目で見ながら優樹を探したが、その中に優樹の姿は無かった。そして今度は石投げをした場所へ行こうと思い、千佳子は酒匂側の川原の方へと歩いて行ったが、まだ鮎釣りが始まっていない丸石だらけの川原に人影は無く、千佳子は優樹を探して、そこから下流の方へと歩いて行った。
 千佳子が下流の方へ歩いて行くと、数人の人とすれちがいはしたものの、その中に優樹の姿は無かった。千佳子はしばらく歩き続けると、優樹と石投げをした場所よりもだいぶ離れてしまった事と、丸石の上をだいぶ歩いて疲れてしまった事で立ち止まり、近くに手ごろな石を見つけると、その上に座って、川の流れをぼーと眺めていた。
「クン、クン」
 千佳子がしばらくの間、石の上に座っていると、セイバー{黄土色っぽい色}とホワイトの毛をした一匹のコリー(犬)が、千佳子の首筋辺りに、鼻を押し当てて、匂いを嗅いで来た。
「くすぐったーい」
 千佳子はコリーの方に向くと、コリーの体長が自分と同じ大きさぐらいあったので、すこし怖くなったが、首輪をしていた事と、つぶらな瞳を千佳子に向けながら尻尾を振っていた事で安心すると、身を乗り出して頭を撫でた。
「ペロペロ」
 コリーが千佳子の顔をなめている。千佳子は飼い主が近くに居ないかと思い、辺りを見廻すと、手に黄色いラジコンのヘリコプターを持った少年が一人、こっちに向かってぶつぶつと言いながら歩いて来るのが見えた。
「なんでこんな所に、せっちゃんの犬がいるんだ」
 少年が千佳子の所に来ると、コリーは少年を嫌う様に上流の方へ走り去って行った。千佳子は、走り去って行くコリーの後姿を眺めている少年の横顔を見ると、その少年が、始業式の帰りに、公園の滑り台の上で煙草をふかしていた少年である事に気が付いた。少年はまだ不思議そうな表情を浮かべて首をかしげながら、コリーが走り去った方を眺めている。千佳子は川の方に向くと身を縮めて、ちらちらと少年の方を窺っていた。しばらくすると、コリーを眺めていた少年が千佳子の方に顔を向け、千佳子に聞いてきた。少年は、千佳子と前に会っている事を忘れている様であった。
「おめぇ、こんな所で何してんだぁ」
「友達待ってるの」
「友達?、こんな所で会う約束してんのかぁ?」
「んーん、約束はしてないの」
 首を横に振りながら答えた千佳子の話しを、眉間に皺を寄せながら少年は聞くと
「約束してねぇのに待ってるなんて、おめぇおもしれぇ奴だな」と言って声を上げて笑っている。千佳子は少年に笑われると、少し不機嫌な顔になって少年を見つめた。
「わりわり、せっかく待ってんのに笑っちゃぁいけねよなぁ。じゃぁ、お兄ちゃんがそのお友達が来るまでヘリコプターの操縦の仕方を教えてやるから、ちょっと待ってろよ」
 少年はそう言うと、少し離れた砂地にラジコンのヘリコプターを置いて、千佳子にラジコンのプロポ{操縦する機械}を持たせた。そして千佳子の背後にまわり、自分の手を千佳子の手にかぶせ、レバーに乗せている千佳子の両手の親指を、自分の指で操作しながら、ラジコンのヘリコプターを宙に浮かせていった。
「ブーーン!!」


「このレバーをな、右に倒すだろ、ほら、そうするとあのヘリコプターも右に行くわけだ。お前、ちゃんと聞いてんか!」
 少年が言ったとおり、千佳子は少年の話しを聞いていなかった。黄色いラジコンのヘリコプターが、青い空に、筋状に広がった雲と平行に飛んで行ったかと思うと、今度は旋回して縦横無尽に白煙の線を空に描いていく。そんなふうに自由に飛び回るラジコンのヘリコプターを見ていると、千佳子は今まであった嫌な事が、全て吹き飛んでいってしまう様な気がして、間接的に少年が動かしているラジコンのヘリコプターに目を奪われていた。
 少年はしばらく千佳子に操縦を教えると、千佳子が慣れてきたので
「これ、前のお父ちゃんが買ってくれたやつだから壊すなよ」と、苦笑いをしながら言って、少しの間、千佳子一人に、プロポを持たせた。


 日が傾いても、千佳子は少年の動かしているラジコンのヘリコプターを眺めていたが、真弓に何も告げずに来た事を思い出すと、少年に帰る事を告げた。
「また、やりに来いよな」
「うん!」
 少年の言葉に、千佳子は嬉しそうにうなずくと、元来た川原を少し足早に歩いて行った。
 川原を抜け、ひょうたん池を横切って土手をかけ登ると、緑の広場で優樹と良和がキャッチボールをしているのが見えたので、千佳子は、土手から緑の広場の前に続く道を降りて行こうとしたが、二三歩降りた所で、千佳子の足が急に止まった。広場でキャッチボールをしている二人を見つめながら、右の頬を夕焼け色に染めて、千佳子が立ち尽くしている。千佳子は二人の事がとても好きであったが、前からあの二人といっしょに居ると、どうしても自分には入っていけない、壁のような物がある気がしていたのであった。千佳子は、この得体の知れない感情に突き動かされるまま、体の向きを変えると、別の道を通って、足早に家へ帰って行った。

 

 



1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16



@ 戻る


@ 感想コーナーへ


北風寛樹さんへの
感想、質問などはこちら
E-mail



このページは GeoCitiesです無料ホームページをどうぞ