|
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16
3
始業式から三日がたった今日の三時間目の道徳の授業中、西日が差し込む二年一組の教室では席替えが、行われようとしていた。席替えという事で、今日までの出席番号順になっていた席順を変えるのはもちろんであるが、席の並べ方を、縦六列、横六列から、縦の二つの席をくっ付けて一列にし、縦三列、横六列に並び替えるのも、この席替えと同時に行われる事であった。なぜ、この様な並び方にするのかと言うと、縦の列の右側に女子、左に男子を座らせて、普段あまりしゃべらない男子と女子が、授業中に話し合う事 が出来るようにするためと、縦の列の前から一、二、三番目の六人の席をくっ付けて一つの班とし、男子と女子の数が同じ班を、全部で六つ作るためであった。この様に席を並べ班を作ると、小人数で生徒達を分けることが必要になる時{理科の実験・給食を食べる時など}に仲間はずれが出たり、人数がばらばらになって集まる事がなく、すぐに同じ人数で生徒達を分けることが出来るので、この学校の低学年から高学年まで全てのクラスが、まだ通常の授業が始まっていないこの時期に、こうゆう形で、席替えを行うのであった。しかし席替えのやり方は様々で、なかのいい者同士がくっ付いて決めていくやり方もあれば、くじ引きで決めるやり方もあり、それは担任の先生に任せられていた。
河合先生は、このクラスを受け持つのは始めてであった事と、まだこのクラスの生徒達の事をよく把握していなかった事で、今回の席替えはくじ引きでする事に決めていた。
「これから席替えをします。今回はくじ引きで決めるから、名前を呼ばれた人は、前に取りに来てくださいねぇ」
河合先生は、教壇の上にある大きい机の後ろに椅子を置いて腰掛けながら、大きな声でクラスの生徒達に言った。
「えー、くじ引きー」
「一年の時は、くじ引きじゃなかったぜ!」
子供達の中から、不満の声が上がっている。
「みんな静かに!」
河合先生は、子供達の声を制するように言うと、あまり収まらない不満の声を尻目に、目が悪く、前に座る事を余儀なくされる生徒達以外の名前を、出席番号順に呼び始めた。
千佳子は、席替えがくじ引きで行われると決まった事で、少し安心した様子であった。転校生である千佳子にとっては、希望する者同士が集まるやり方よりも、くじ引きの方が気が楽だったからであった。しかし千佳子には、まだ一つの心配事があった。それは、このクラスの女子の人数は、千佳子が入った事で男子の人数よりも一人多く、一番最後の番号「19」だと廊下側の一番後ろの席に、一人で座らなければならないからであった。自分が入った事で一人多くなってしまったのだから、一人の方が気が楽だと言う気持ちもどこかにあったが、転校生である千佳子には、あふれ者にはなりたくないという気 持ちの方が強いのであった。
千佳子は、自分の名前が呼ばれると前に行き、くじを引いて自分の席に戻った。そしてその飲み薬を包んだ紙の様に、複雑に折られたくじを、両手で恐る恐る開いた。
「18」
その赤いボールペンで書かれた数字を見ると、千佳子はふと胸をなでおろした。
「えー、俺一番前の席だ」
「やったー、かっくんと一緒の班だ!」
他の生徒達が喜びと不満の声を上げている。河合先生は、くじ引きが全て終わると、目の悪い生徒達の席を話し合いで決め、生徒達全員に、席を移動するように指示した。
「ガー、ガー」
「どいてどいて」
「あっ、危ない!」
たくさんの机が引きずられ、床と机がこすれる音と、生徒達の声が、教室中に響き渡っている。その中を、千佳子も後ろから見て一番右側の、後ろから二番目の自分の場所に移動しようとしていた。千佳子が自分の場所の近くまで来ると、隣の席になる男の子が、すでに移動し終わって座っていた。その男の子は千佳子の方を向くと、
「ここ?」と、隣の空いている場所を指差しながら聞いてきたので、千佳子は
「うん」 と答えた。男の子は千佳子の返事を聞くと立ち上がり、何も言わずに千佳子の机をつかむと、自分の隣の空いている場所へ机を動かした。千佳子は椅子を机の所に動かしながら、 「ありがとう」 と言うと、男の子は、千佳子に照れ笑いを浮かべながら、あいさつをした。
「よろしくね!」
「こっちこそよろしくね!」
千佳子も、少し照れながらあいさつをすると、二人は前を向いて席に座った。
「それじゃあ、これから班で集まってもらって、各班の班長さんと副班長さんを決めてもらいます。」
椅子に座っていた河合先生が、立ちながら言うと、また、「ガー、ガー」と、教室中に机を引きずる音が響き渡った。千佳子達の六班は他の班と違って七人だったので、六つの机を向かい合わせて一つにすると、七つめの席を後ろにくっ付けて、七人共席に着いた。河合先生は席が移動し終わるのを見届けると、
「みんなで話し合って決めてねぇー、ジャンケンは駄目よぉー」と言って、また椅子に腰掛けた。
千佳子達の班は、前から男子は、岩田太一(いわたたいち)、相沢直行(あいざわなおゆき)、松本優樹(まつもとゆうき)、女子は、鈴木愛子(すずきあいこ)、吉沢久子(よしざわひさこ)、河原千佳子(かわはらちかこ)、田村由美(たむらゆみ)の七人である。七人は話し合いを始めようとしていたが、みんな余りやりたがらない、班長と副班長を決めるせいで、誰も口を開く事なく、気まずそうにしていた。すると、しばらくしてから太一が、優樹と直行の方を見ながら、少しあやしげな表情を浮かべて言った。
「こうゆう時は、あれで決めようぜ」
「あれって」
「ふっふっふっふっふっ」
太一は不敵な笑い声を上げると、机の引き出しから筆箱を取り出した。そしてその筆箱の中から六角形の鉛筆とシャーペンを取り出すと、鉛筆の六つの側面にシャーペンの先で、サイコロの様に穴をあけ出した。
「じゃあ、これを男子と女子で順番に転がしていって、一番数の小さいやつが班長、二番目に小さいやつが副班長になるって事にしようぜ。そんでもって一番小さい数がだぶったら、だぶった者同士で延長戦」
太一は、穴をあけ終えた鉛筆を班のみんなに見せながら言うと、男子は楽しそうな顔になり、女子は少し目を点にしている。しかし女子の間でも、太一が言った案に反対できる様な案もなく、また誰も太一に反論しなかったので、七人は鉛筆をサイコロの様に転がしていった。
「さあー、ゆみっぺの番」
「6」を出した久子は、ほっとした表情で言うと、七人目の由美に鉛筆を渡した。
今までの結果、言いだしっぺの太一が「3」を出し、千佳子が最低の「2」を出している。由美は少し祈(いの)った後、眉間に皺を寄せながら、机の板の真中あたりで、鉛筆を握っている右手を少し後ろに引くと、六人の視線が由美の右手に注がれた。由美がゆっくりと右手を開き、鉛筆が指を通って、机の上を転がって行く。
「4」
由美はふと胸を撫で下ろし、太一と千佳子は愕然と肩をおとした。
「まぁいいや、俺が副班長で、河原さんが班長、これで決定!」
太一はそう言うと、各班ごとに配られてあった用紙の副班長の覧に、自分の名前を書こうとした。すると優樹が太一に、少し不満そうな声で言った。
「ガっちゃん、転校生に班長は無理だよ」
「女子に班長やらすなんてねー」
千佳子以外の女子も、優樹に続けて不満の声を上げている。
「でも、もう決まった事だろー」
「女子が班長やる班だってあるよ。」
直行が太一に続けて弁護する様に言った。千佳子は、みんなが自分の事で言い争っているのを、下を向いて、今にも泣き出しそうな顔で聞いている。
「千佳子ちゃん、泣いちゃいそー」
「可愛そうだよ!」
「ガっちゃんが班長やりなよ!」
泣き出しそうな千佳子を見た班の女子達が、太一に立て続けに言うと、太一はやばそうな顔になり、千佳子の方をうかがいながら優樹に小声で言った。
「ゆうくん、どうすんだよ」
「ガっちゃん、班長と副班長じゃそんなに変わらないよ」
「そんなに言うんだったら、ゆうくん班長やれよ」
「えー」
優樹は太一にそう言われると、少し困った様な顔になったが、千佳子が相変わらず泣きそうな顔をしながら、下を向いているので
「じゃー、僕が班長やるよ」と、小声になっていた声を大きくして、まじめな顔で言った。
「ゆうくん、カッコイイ!」
「ヒューヒュー」
六班のみんなが優樹を冷やかしている。優樹は、そんな周りの声を無視する様に用紙の班長の覧に自分の名前を書くと、副班長の所に名前を書くようにと言わんばかりに、千佳子に用紙を渡した。
@ 戻る |
@ 感想コーナーへ |
北風寛樹さんへの
感想、質問などはこちら
☆ E-mail☆